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zoom RSS 永田廣志と小林多喜二 『日本における唯物論の開拓者』を読んで

<<   作成日時 : 2008/12/29 08:08   >>

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画像 関西勤労者教育協会発行の「勤労協ニュース」新年号が届きました。来年の抱負が続く中、最後の「読書」紹介に、『日本における唯物論の開拓者』について掲載されています。こういう新年号に掲載されたのは、「今年最後の仕事」というのでしょうか、それとも「来年最初の仕事」というのでしょうか?
 それはさておき、永田廣志の誕生は多喜二誕生の半年後で、よく似た思想経歴を持っているように見受けられました。そんなことから、多喜二とくっつけて紹介しました。なにせ、大阪多喜二祭実行委員会事務局ですから。笑。

 今年、小林多喜二の『蟹工船』が現代の労働環境に類似した作品として注目され、流行語大賞のトップテンにも選ばれた。そんな最中、多喜二とほぼ同時期に生まれた唯物論哲学者・永田廣志の生涯と業績をまとめた本書が出版された。
 永田の生涯が、13歳で「ロシア革命」や白樺派の「人道主義」に関心を持ち、16歳で「クロポトキン」を読み「社会主義」に関心を持ったことなどは、同時代の社会・思想状況に敏感に反応した多喜二との共通性を感じる。その生も治安維持法によって多喜二は虐殺され、永田が検挙・投獄の繰り返しによって命を縮められたこととも共通する。
 なかでも、永田が発刊した『唯物弁証法講話』『史的唯物論講話』が、「特高警察は学生の家宅捜査のたびにこの二冊を発見」。「数えきれぬくらい検挙されたのは、永田廣志の名が青年たちに与えた影響の大きさを特高が恐れたからであった」というエピソードには、当時どれほどの影響を永田が青年に与えたかが推測される。
 戸坂潤らと1932年結成した唯物論研究会は、治安維持法下に「合法的に活動できる最後の砦」というだけでなく、「統一戦線的」組織として、多くの学者・知識人を結集した。そう語る鰺坂真氏は続けて、「唯物論研究会のこの時期の理論的業績は立派に生き続け、1945年8月の敗戦以後の理論的前進の強固な基礎となった」とその業績を大きく評価している。また、村瀬裕也氏は永田の日本哲学思想史研究が、岩崎允胤氏の膨大な日本思想通史が成立するまでの先駆者と評価している。
 80年の時を越えて『蟹工船』への共感が、「生きる」ために若者が立ち上がる契機となっている現代、多喜二と同時代を懸命に生きた永田の生涯と業績は、私たちの生き方や理論活動にも大きな励ましとなるだろう。ぜひ、一読をお薦めしたい。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
永田さん、戸坂潤といっしょに、あの「唯物論研究会」やってた方なんですね。。何で読んだか忘れましたが、ある本の主人公たちが、その研究会を聴きにいこうと云う話になったとき、どうせ行くなら、戸坂潤が出る回に行こうよ、戸坂のはスゴイから、と云ってたのを記憶しています。。。それにしても、13歳でロシア革命、白樺派、って、やはり凡人ではないですねぇ。
めい
2008/12/29 15:43
1917年のロシア革命はたくさんの人に「夢」を与えたのですね。いろいろな点からも、誰もが無関心ではいられなかったことだろうと想像できますね。
未来
2008/12/29 18:15
未来さん そうですね〜革命が、しかもブルジョア革命ではない革命が、起こっちゃったのですものね!!事件ですよね。
 私が先のコメントに書いた、”ある本”って、中野重治の「むらぎも」だったと思います。すみませ〜ん
めい
2008/12/30 11:21

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