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未来 ― 私達の力で歴史を動かそう!

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未来 ― 私達の力で歴史を動かそう!
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  〔小林多喜二の最新情報と交流の広場は下記へ〕
  • 21世紀の小林多喜二への手紙。

  •   〔小林多喜二とプロレタリア文化関連情報の宝庫〕
  • プロレタリア文化・多喜二の世界への扉

  •   〔ピックアップ〕
  • 10月3日〜 小林多喜二劇「組曲虐殺」

  • 11月8日 新しい未来(あす)へ!11・8国民大集会

  • 1月30日 パリ「蟹工船シンポジウム」

  • ・ 2月20日 2010年大阪多喜二祭
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    新しい未来(あす)へ!11・8国民大集会

    2009/11/06 21:25
     明日朝から明後日まで上京します。明日7日は憲法闘争をすすめる全国交流集会で、記念講演として小森陽一さんが「新政権のもとでの憲法闘争」(仮題)を話されます。新しい政治状況のもとでの「九条の会」事務局長の話は楽しみのです。交流会終了後は、大阪からの参加者で懇親会をすることになりました。

     明後日8日は、「新しい未来(あす)へ!11・8国民大集会」に参加します。大阪組織はこの日を集約点に、「労働者派遣法の抜本改正求める署名」を広げるために各地での宣伝署名行動や職場ローラーなど、短期間でこれまでにない取り組みを進めてきました。まだまだ不十分な到達ですが、総選挙前とは明らかに違う行動展開とテンポには、これまでの取り組みが一定反映したものと思っています。まだまだバラつきはありますが、8日の集会を契機にさらなる運動の発展を期待したいと思います。
     
     「新しい未来(あす)へ!11・8国民大集会」は12時からなので、その前に「蟹工船」の下書きノートと「折々帳」を閲覧することにしています。代々木の閲覧に関わる担当者は「日曜日は公休日」だと聞いたのですが、担当者に電話をして事情を話すと快く引き受けていただきました。本当にありがとうございます。
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    多喜二滞在の宿 七沢温泉福元館離れ 保存基金のお願い

    2009/11/05 06:57
    画像 小林多喜二が1931年に滞在した七沢温泉福元館「離れ」が築90年を経、このままでは見学不能になる日がやってきます。そのため、「離れ」存続のための基金募集が行われています。私も賛同します。みなさんも、ぜひご協力ください。

     費用概算  建物補修工事費150万円、丹前その他展示品保存ケース購入費45万円、写真再生費用5万円、合計200万円

     協力金  一口千円
     特別協力金 一口一万円

     賛同者(敬称略)  伊豆利彦、大田努、大畑哲、澤田章子、島村輝、津上忠、土井大助、浜林正夫、藤田廣登、増本一彦  09.9.25現在

     多喜二ゆかりの七沢を知らせる歴史と文学を広める会(神奈川多喜二の会)
     事務局 蛎崎澄子 п父tァックス 045−304−5889

     郵便振替の時は次の口座にお振込み下さい。
     口座番号 00250−4−53161
     加入者(口座名称) 神奈川多喜二の会
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    来秋 いよいよ「奈良多喜二祭」(仮称)開催か!

    2009/11/02 07:41
     多喜二が志賀直哉邸を訪問した時期に、奈良多喜二祭(仮称)を開催しようとの議論が始まりました。2007年からの素人による「大阪多喜二祭」開催、2月という既成概念を払拭した2008年からの9月「伊勢崎多喜二祭」開催に続き、10月末から11月初旬に照準を合わせた「奈良多喜二祭」(仮称)が2010年に開催されるかもしれません。
     21世紀に蘇った小林多喜二。そのあり方も、新しい装いとしての方向も、意義ある取り組みです。様々な人々が、様々な思いから多喜二を顕彰し、多喜二の業績を深めようとする方向に大きな意義があると思います。
     以下に、御影さんの報告を転載します。

     昨日、鹿笛サークル例会があり、来年10月末に奈良での多喜二祭(または「志賀直哉・小林多喜二」に関する講演会)の企画を提案し、次回例会以降も話し合っていく方向を確認頂きました。その取り組みについては、動きのあるごとに随時報告いたします。
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    『蟹工船』のもっと奥へ! 『小林多喜二の手紙』

    2009/11/01 09:31
     岩波文庫からいよいよ荻野富士夫編『小林多喜二の手紙』が11月13日に発売されます。岩波書店の新刊紹介のページには下記のように紹介されています。「解説=荻野富士夫&ノーマ・フィールド」、この解説は絶対に注目です。

     注目の人・小林多喜二(1904−1933).半途で断たれたその生涯は,暗黒の30年代にひときわ異彩を放つ.「闇があるから光がある」―恋人タキへの言葉,獄中から熱く語る作家たちや同志への言葉.人懐こく陽気な負けじ魂で書かれた獄中書簡ほか充実の159通.『蟹工船』のもっと奥へ!【解説=荻野富士夫&ノーマ・フィールド】

    緑88-2
    ■体裁=文庫判・並製・カバー・260頁
    ■定価 987円(本体 940円 + 税5%)(未刊)
    ■2009年11月13日
    ■ISBN978-4-00-310882-6

    http://www.iwanami.co.jp/shinkan/index.html

    *小林多喜二の生誕は1903年10月13日です。岩波書店紹介の「小林多喜二(1904−1933)」の1904は誤りです。
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    『資本論』 第8分冊

    2009/11/01 09:18
     10月1日からの新しい生活からちょうど一ヶ月が経ちました。新しい生活リズムを創るのに悪戦苦闘、途中風邪を引きながらも、日々の仕事に追われまくって休む暇もなく、走ってきました。
     何が辛いって、読書の時間がゆっくり取れないことです。早朝の読書タイムはとうとう取れなくなってしまいました。生活リズムが安定したら、少しくらい取れるようになるかもしれませんが、今は余裕なしです。それでも、移動の最中などに読書は続けています。

     本日、やっと『資本論』第8分冊 第三部第一篇を読み終わりました。

     第5章「不変資本の使用における節約」
     資本主義的生産は、われわれがそれを個別的に考察し、流通の過程および競争の激化を度外視すれば、実現されて諸商品に対象化される労働の取り扱いは極度に節約的である。これに反して、資本主義的生産は、他のどの生産様式よりもずっとはなはだしく、人間、生きた労働の浪費者であり、血と肉の浪費者であるだけでなく、脳髄と神経の浪費者でもある。人間社会の意識的な再構成に直接に先行する歴史のこの時期に、人類一般の発展が確保される達成されるのは、実際には、ただ個々人の発展の膨大このうえない浪費によってのみである。ここで問題になっている節約はすべて、労働の社会的性格から生じるのであるから、労働者たちの生命および健康のこの浪費を生み出すのは、実際にまさに、労働のこの直接に社会的な性格なのである。

     「節約」「浪費」などという言葉が使われていますが、要は労働者を「使い捨て」にする資本の論理を資本主義的生産様式の「性格」として抽出した簡潔な表現です。
     だからこそ、マルクスは第一部第8章で、次のように言っています。

     “大洪水よ、わが亡きあとにきたれ!”これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのではなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない。
     自由競争は、資本主義的生産の内在的な諸法則を、個々の資本家にたいして外的な強制法則として通させるのである。


     労働者の「使い捨て」を許さないためにも、「団結」「おしくらまんじゅう」の力を強めることが大切ですね。
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    新しい小林多喜二劇「組曲虐殺」 おしくらまんじゅうの世界へ

    2009/10/31 17:48
     昨日、井上ひさし作「組曲虐殺」を観てきました。観客の9割は女性で中年配の人が多かったです。見かけで判断してはいけないのですが、大方は多喜二には無関係そうに見受けられる小曽根真ファンか井上芳雄ファンかと見受けられる人たちでした。
     でも、劇が進むにつれ、舞台と観客が一体化し、ツボでしっかり笑い、時には鼻をすする音がするなど、3時間を越える舞台があっという間に終わりました。終わったとたんに、嵐のような拍手が鳴り止まず、一人立ち、二人立ち、最後は観客総立ちの大拍手が続きました。舞台俳優たちも、割れんばかりの拍手の度に、舞台に現われ、いつ終わるともいえぬ熱い熱気につつまれました。

     すでに観劇した人のコメントがあちらこちらのブログで掲載されていますが、これから観る人のためにネタばれにならぬよう配慮がされています。と、同時に、ひとことでは表現しにくい複層的なものがこの作にこめられているために簡単に紹介することが難しいという側面もあるのだろうと思います。

     まだ、明日、明後日の山形公演がありますので、ネタばれは少しだけにして、感想を書いてみたいと思います。

     一番安い「代用パン」さえ買うことのままならぬ貧しき人々。「代用パン」を買うお金さえ、くすねている者がいる。誰がどのようにして、どんな手品をもちいて、このお金をくすねているのだろうか。
     はてな?はてな?

     小林多喜二の初期作品が見つめ続ける貧しく虐げられた人々の姿と、循環小数のように回り続ける「はてな」。井上ひさしの眼は、この「はてな」から解放され、試行錯誤しながらも前進し続ける多喜二の跳躍へと一挙に駆け上がる。
     「一九二八年三月十五日」「蟹工船」で一躍有名となった多喜二の眼には、社会の各構成員、たとえ刑事や資本家の手先となってしまった人にさえ、「生きるため」に様々な生き方をせざるをえない姿が見えてしまう、そんな人間的多喜二の眼を井上ひさしは見事にとらえ表現しようとしたのではないだろうか。
     井上ひさしの眼がどこまで多喜二の「生き様」に迫りえたかは、観客の眼によって様々な評価があろうとは思う。ノンフィクションとフィクションがゆえの限界はあろうが、井上ひさしワールドの多喜二像に魅力を感じると同時に、これまでにない多喜二像を描こうとした意欲には賛辞を送りたい。

     マルクスが「資本論」で解いた資本主義の種明かしを、難解な言葉ではなく、庶民の言葉で伝えようとした多喜二。社会の表面的な現象だけからは見えにくい、「貧困」の根源、儲けと戦争、資本家の手先になってしまう軍隊をはじめとした権力の手先。貧しく虐げられた人々から、そんな貧しさの中で真実に気づき声をあげ、労働者の解放のために立ち上がる人々を弾圧する側に「立つ」人々。その違いと同位は、なぜに起こるのか。
     多喜二の「はてな」を、大きな視点からとらえ、その解決策さえ描こうとした、井上ひさしの意欲には驚く。

     そして、暴力ではなく、「ことばの力」で解決しようとした多喜二への共感と、それを支えた仲間へのエールが聞こえてきそうな奥深い、井上ワールドとの共鳴はこの作品の特徴かもしれない。
     本気で、身体中で、「怒り」「悲しみ」「喜び」「笑い」、そして人を愛する心を持ち続けた多喜二の姿を、このような形で表現できるとは思いもしなかった。

     一人ひとり個性をもち、それぞれの力も違えば、それぞれの思いも様々。そんな一人ひとりが、ひとつの社会の方向へ力を合わせるならば、みんなの力が合わさり大きな力になる。
     ひとりではできない「押し競饅頭」。二人でも、三人でも、四人でも、頼りない「おしくらまんじゅう」。でも、五人、六人と、人が増えていけば、安定した力を持ち、それぞれの力がバラバラでも、微妙なバランスによって、大きなうねりとなっていく。心が温まり、身体が温まり、連帯意識が芽生え、ひとつの力に集約されていく。
     誰もが、それぞれに持つ力は違っても、目的をひとつにして、時には本気で言い合い、時には支えあい、押したり引いたりするなかで、大きな大きな力になっていくことを、そうしなければならいない方向に行かざるを得ないことを、いつの間にか知らせようとした作品のように思えた。

     タキちゃんが観たら、「こんなの私じゃない」って言うだろうな。チマさん、ってこんなんじゃないよね。ふじ子さんって、本当にこんなだったの〜。多喜二の地下活動って、こんなに暗いだけじゃなかったよ。特高って、こんなはずないじゃん。山本巡査が多喜二の火を継ぐって、ホントかよ。などなど。
     このあたりはみんなフィクションなのに、タキちゃんの嫉妬心に「これはありだよな」とか、山本巡査のその後に多喜二は喜ぶだろうな〜、とか、そんな気持ちで観れたから不思議としかいいようがないかな。

     はい。もっともっと考えたことは多いけど、今日の感想はここまでです。この多喜二劇を機会に、多喜二作品、日記、書簡などを読んでいただき、多喜二が現代にも通じる「こころ」と「ことば」で生き続けた人であったことを、もっともっと多くの人に知って欲しい、多喜二のように何事にも身体中でぶつかって生きていく人が増えることを、心から願ってしまいます。
     この余韻はかなり心地良く、これからも楽しく活動し続けたいと思える力をそっと授けてくれたように思います。
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    小林多喜二生誕の地

    2009/10/28 07:54
     「21世の小林多喜二への手紙。」に「小林多喜二生誕の地」と「碑」についての質問や応答などが記載されています。それに関する写真を紹介します。

     http://blog.goo.ne.jp/takiji_2008/e/7c21901fb88ce1440a18e29dabf5da7f

    「川沿駅」ホームから見た「小林多喜二生誕の地」と「小林多喜二生誕の碑」プレート

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    画像
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    訪問記念・奈良多喜二祭の開催について

    2009/10/26 07:39
    画像 昨日、島村先生に志賀直哉邸の報告をしましたら、多喜二が泊まったとされる部屋で小さな規模でもよいから「サロン」が開けないだろうかという提案がありました。多喜二が志賀直哉を訪れた月に「訪問記念・奈良多喜二祭」を開催する意義がある、ということになりました。
     奈良から10名、大阪から10名、そして希望者10名くらいを募れば、30名くらいの集いは可能です。志賀直哉邸の管理者に趣旨を説明すれば、きっと協力してもらえるだろうと思います。開催が実現するならば、島村先生が記念講演に「はせ参じる」との力強い思いも語っていました。
     島村先生から、御影さんへの呼びかけがされています。大阪も協力しますので、ぜひご尽力ください。以下に、御影さんへの島村先生の呼びかけを転載します。

    画像 御影さん、この直哉亭を借りて「訪問記念・奈良多喜二祭」を、多喜二が訪問したころに合わせて、是非開きませんか?

     写真は、多喜二が泊まったとされる部屋と、その部屋から見える風景です。美しい眺めでした。きっと多喜二も自然の美しさを堪能したことだろうと思います。
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    統一戦線と共同・連帯 多喜二と志賀直哉の交流

    2009/10/25 18:11
    画像 昨日と今日、全国革新懇の総会・交流会にさんかしてきました。総会参加前に改修された志賀直哉邸を訪ね、多喜二が泊まったといわれる部屋などをみてきました。
     総会は、新しい政治の扉が開かれたもとで、革新懇の出番という発言が相次ぎました。国民本位の政治実現のためにも一致する課題での共同戦線が重要になっています。志賀直哉邸を訪れたあとだけに、志賀直哉が多喜二に寄せた信頼の大本を考えながら聞いてきました。
    画像 志位和夫代表世話人の特別報告は、本日の「赤旗」に概略が書かれていますのでぜひお読みください。

     さて、本日の交流会が終わる寸前に、学会で関西に出張中の島村先生から連絡があり、急遽大阪で会うことになりました。久々の再開に話が弾みました。それだけではなく、東京の多喜二散策をしている仲間と写メールで交流するというイベントつきでした。
     何処にいても、共同・連帯できる仲間の広がりはとても重要だと思える二日間でした。いやー、おかげでリフレッシュできました。
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    小林多喜二生誕の地碑への散骨

    2009/10/23 22:00
     ピースおじさんから、「小林多喜二の遺骨は何処に埋葬されているのでしょうか、お教え下さい」とのコメントがありました。
     「小樽・奥沢の地にある奥沢共同墓地の墓群れの中、彼自身が昭和5年に建てた墓に葬られた」との紹介もされています。
     それ以外に「分骨」があり、後年「小林多喜二生誕の地碑」に散骨されたということです。藤田廣登著『小林多喜二とその盟友たち』を参考とした「赤旗」の記事を転載します。

    2008年2月20日(水)「しんぶん赤旗」
    小林多喜二の盟友、寺田とは?

     〈問い〉 小林多喜二が1928年1月1日の「折々帳」(日記)で「古川、寺田、労農党の連中を得たことは画期的なことである」と書いていますが、寺田とはどういう関係の人ですか。(東京・一読者)

     〈答え〉 多喜二の日記に登場する寺田は、青森県出身、小樽高商(現小樽商科大学)で多喜二の2年後輩の寺田行雄のことです。

     寺田は多喜二が卒業し拓銀小樽支店に入社した翌年の1925年、小樽高商社会科学研究会の結成に参加、ついで同年10月、大震災による外国人の騒乱を想定した学内の軍事教練押しつけへの反対運動の中心メンバーとして活動し35日間の停学処分を受けました。

     26年同校卒業後、北海タイムス(現北海道新聞)小樽支局に入社、記者業務のかたわら小樽の労働運動、農民運動とのつながりをつよめ、同年、小樽社会科学研究会(古川友一主宰)に加入して小林多喜二に何度も参加を働きかけます。多喜二は27年9月ごろに小樽社研に参加、ここでの学習を糧にして「断然マルキシズムに進展していった」と28年1月1日の日記で高らかに宣言したのです。

     こうして、多喜二と寺田は小樽の労働・農民運動の前進のために協力しあうようになり、28年2月の第1回普通選挙で労農党から立候補した共産党員山本懸蔵を応援してたたかい、その直後の3月15日の大弾圧に遭遇し、寺田は検挙、拷問を受けます。『一九二八年三月十五日』に登場する「佐多」は寺田がモデルです。

     寺田は翌29年4月16日の弾圧でも検挙されましたが、多喜二の上京後も小樽に残って活動を続け全協小樽産別組合の組織化や労働新聞配布などにより3度目の検挙を受け札幌刑務所に勾留され、北海タイムス社を解雇されます。

     31年10月執行猶予で出獄しましたが、小樽での活動の場を奪われ、一足先に上京していた家族と合流、杉並・高円寺に移り住みます。隣駅の阿佐ケ谷・馬橋には多喜二一家が住んでおり、こうして2人の活動を家族ぐるみで支えあう関係が小樽から東京へひきつがれたのです。

     多喜二の虐殺遺体が馬橋に帰ったあとの通夜、葬儀は寺田一家が協力して進められました。火葬場まで付き添った寺田の次姉セツさんが多喜二の分骨を分けてもらい供養を続け、戦後、大館の“小林多喜二生誕の地碑”建立のおり散骨したのはこのような事情からでした。

     寺田は多喜二虐殺後も杉並に残り反戦活動に全力をあげ37年の人民戦線事件で4度目の検挙を受けましたが節を曲げずにたたかいました。その後、大阪で旭区の増田きみさんと結婚、43年4月8日、大阪府茨木市外の春日村(現茨木市五日市)の北川療養所で結核のため病没。享年38歳でした。(登)

    〈参考〉藤田廣登著『小林多喜二とその盟友たち』学習の友社

     〔2008・2・20(水)〕
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    小林多喜二劇 「組曲虐殺」 勇気のある脚本

    2009/10/19 05:41
     「組曲虐殺」を観られたよこさんとおかあさんがブログ「21世紀の小林多喜二への手紙。」に感想を書き込まれています。ますます観たいと思います。
     以下のブログをぜひご覧下さい。

     http://blog.goo.ne.jp/takiji_2008/e/7b5fe6445e9482dd1bc03dc36ee4251d
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    全国革新懇第29回総会 地域・職場・青年革新懇全国交流会

    2009/10/18 17:01
     10月1日からの新しい生活から18日が経ちました。まだまだ私の役割の全体像を把握できていないのですが、少しずつ新しい仲間と馴染みながら仕事を進めています。夜や土・日の仕事が多く、まだゆっくり全体像を見渡す余裕はありません。
     辛いのは読書時間が減っていることです。ゆったりとした読書タイムをとると、リフレッシュするのですが、そんな時間が減ってしまいました。新しい仕事を理解し、消化するために頭をフル回転させているので、少し余裕がないというところでしょうか。まあ、そのうち慣れるだろうと楽観してはいますが・・・。

     さて、来週の24・25日に全国革新懇第29回総会&地域・職場・青年革新懇全国交流会が奈良で開催されます。新しい政治をめざすうえで革新懇の役割は重要になっています。24日には志位和夫日本共産党委員長が特別発言を行うことになっています。
     私もいわゆる公務で参加することにしています。公務でこのような場に参加できるのは幸いかもしれません。

     奈良に行くせっかくの機会なので、改装された志賀直哉邸を見学してこようと思っています。公務のついでに、こうした余禄があれば楽しみなのですが、毎度とはいかないでしょうね(笑)。
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    多喜二と山宣 デスマスクで対面

    2009/10/16 06:26
    画像 14日付け「京都新聞」に、「山宣」慕った多喜二 デスマスクで対面、という記事が掲載されています。記事には、「戦争体験の生徒の聞き取り調査などを紹介する中学社会科の教科展示企画の一環。多喜二のデスマスクは小樽市の市小樽文学館から、宣治は宇治市の山本宣治記念資料館から借り受けた。多喜二のデスマスクが貸し出されるのは非常にまれという。」とあります。
     展示は、市民も見学できるとのことで、これは貴重な機会になりそうです。

     http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009101400040&genre=M1&area=K00

     写真は同記事からです。
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    2010年大阪多喜二祭へ向けて始動

    2009/10/16 06:15
     昨日、大阪多喜二祭実行委員会事務局会議を再開しました。仲間が集まるっていいですね。和気あいあいと、かつスムーズに会議が進行し、あっという間に終わったという感じです。
     来年の「大阪多喜二祭」は2月20日に行います。記念講演は浜林正夫さんに、新しい政治への探求と多喜二、というようなテーマで話していただこうということになりました。詳しくは、後日お知らせします。
     終わったあとは、やっぱり懇親会です。近況報告や小林多喜二劇「組曲虐殺」についてなど大いに盛り上がりました。
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    あってはならない「貧困」 認識格差に愕然

    2009/10/14 22:14
     新しい生活をはじめだして、いろいろな団体や人々の意見・認識を聞く機会が増えています。以前から、現状に対する「認識格差」について言及してきましたが、いまだに大きな「認識格差」があることに愕然とする場面さえあります。今日の「貧困」「ワーキングプア」の実態、「貧困」の可視化とそれにたいする世論と運動などが政治をも動かした、そんな大きな歴史の変動期に、旧態依然とした主張を続けている人にあきれかえることがあります。
     とりわけ、あってはならない「貧困」に対する「認識格差」には悲しくなることさえあります。憲法を守り活かすことを目標とした、ある団体があります。平和問題を中心に活動をしてきた団体ですが、その団体がある集会を開くにあたって、メンイテーマなどを議論する会議に参加しました。
     私は、今日の現状、政治状況などなどから25条・「なくせ貧困」は欠かせないと主張し、事務局長も25条はいれなくてはならないと考えていたと発言したのですが、ある団体の代表は「25条をいれるのだったら、26条もいれてもらわないと」と発言。いやはや、この程度の認識なのかと愕然としました。
     「貧困」の可視化といわれながら、まだまだこの程度かと思うと悲しくなりました。働いても働いても、生きていくことさえ精一杯の人、「派遣切り」で職と住を同時に失った人、様々な事情から働くに働けない人、様々な理由はあるにせよ、普通に生きることさえママならない人がどれほど増えているか、そのことに目を向けることなく自分たちの要求だけを掲げていったいどのような運動ができるというのでしょうか。
     もちろん、自らの要求を基本に団結することの重要性は重々承知しています。しかし、今日の現状を根本的に解決するために全国民・全労働者と団結・連帯するために、私たちは何をすべきか、しっかりと考え行動することが求められているのではないでしょうか。
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    井上ひさし作品の傑作 「組曲虐殺」 観劇続報

    2009/10/13 05:57
     「組曲虐殺」を観劇された感想の続報がブログ「Prof. Shima's Life and Opinion」、ブログ「21世紀の小林多喜二への手紙。」に書き込まれています。「井上さんの戯曲の舞台はいろいろ観てきたが、その中でも間違いなく傑作といえる出来だ」「井上ひさし脚本「組曲虐殺」には二人の特高が登場する。この二人がこの舞台で大きな存在感を示していた」など、まだ観ていない人にとっておおいに関心をそそる内容になっています。
     以下のブログで、ぜひチェックしてください。

    ブログ「Prof. Shima's Life and Opinion」
     http://blog.livedoor.jp/insectshima/archives/52014778.html

    ブログ「21世紀の小林多喜二への手紙。」
     http://blog.goo.ne.jp/takiji_2008/e/691ad850b809dec6cc20a95c33ded248
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    涙なしには観られぬ小林多喜二劇「組曲虐殺」

    2009/10/12 09:07
     昨日、「組曲虐殺」を観劇された島村先生と佐藤三郎さんがそれぞれのブログにレビュー、記事を書いています。お二人とも「涙した」とあります。これは、私も間違いなく泣くことになりそうです。以下に、それぞれのブログを紹介します。

    ブログ「Prof. Shima's Life and Opinion」

     多喜二研究のお仲間たちと、天王洲銀河劇場で上演中の井上ひさしさんの新作「組曲 虐殺」を観劇した。

     結論からいえば、素晴らしく充実した舞台だった。虚実を織り交ぜつつ、人間像の骨格を的確に描き出し、納得の行かない部分はほとんどなかった。役者さんたちの熱演もあって、涙する場面もしばしばだった。

    以下、詳しくは、ブログ「Prof. Shima's Life and Opinion」をご覧下さい。
    http://blog.livedoor.jp/insectshima/archives/52014045.html

    ブログ「21世紀の小林多喜二への手紙。」

      「組曲虐殺」伊藤ふじ子役がとても素敵でした。
     声がふじ子さんの声だと思えました。

     三鈴のセリフのたびに、ふじ子さんが浮かんでしまい泣けました。


     恥ずかしいほど何度も泣きました。


     必見!!

    http://blog.goo.ne.jp/takiji_2008/e/b7a6515ec489c95e9cdcfe2b06a1bde5
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    井上ひさし作「組曲虐殺」 小林多喜二劇

    2009/10/11 08:55
     ブログ「21世紀の小林多喜二への手紙。」、ブログ「Shima教授の生活と意見」に、今日「組曲虐殺」を観に行くとあります。懐かしい人の顔が思い浮かびます。
     劇は劇で楽しみなのですが、このメンバーで観劇したあとに意見交換するのが醍醐味なのですよね。それぞれの人がどのような観方をしたかをお互いに話し合うことで、余韻だけではなく、理解が深まります。同行できないのが本当に残念です。
     それでも、両ブログの報告が楽しみですね。
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    三連休

    2009/10/10 18:11
     世の中は三連休ですね。といっても、私はゆっくりはできそうもありません。明日は姪の結婚式です。昨日から長崎の義母たちが義姉のところに来ています。数年帰っていないので、久々に会うことになりました。いつまでも元気でいて欲しいですね。

     明後日は、一人でも入れる労働組合に加入している非正規の仲間たちの分会結成大会です。これまで非公然で加入していたのですが、いよいよ公然化して分会を結成します。この労働組合の執行委員長に選出されたばかりですが、初仕事が労働組合を公然化する分会結成大会というのは、すごい巡りあわせです。明後日、要求書を採択し、ただちに結成通知と要求書を提出し、交渉を求める予定です。

     非正規の人たちは、低賃金と不安定な雇用のもとでも、仕事に熱意と誠実さを持って働いています。非正規の人たちが、間違いなくこの社会の一部を支えています。たった10日間の専従生活ですが、彼女/彼らが自らの仕事にどれだけ誇りを持って働いているか、その思いに接して、何度も涙がこぼれそうになりました。

     そんな彼女たちが労働組合に託した思いを全身で受け止めています。そんな仲間の生活と雇用を守るため、何よりも彼女たちの人間としての誇りを守るために、全力をあげます。
     そのためにこそ、私はこの仕事を引き受けた、と思っています。どんなに忙しくなろうとも、彼女/彼らのために全身でぶつかっていきます。
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    あせらず、謙虚に、かつ戦略的に

    2009/10/08 22:42
     今日、これまで事務局長をしていた単組地域評議会の総会がありました。新しい役員が選出され、私はこれで単組の中の役員のすべての引継ぎが終わりました。総会が終わったあとの懇親会は、いつもの風景なのに、なぜか温かい風が吹いているかのような雰囲気がありました。
     ずっと一緒に活動した仲間ばかりの場だったからでしょうか。新しい持ち場で、自分の立ちいちを模索しているなかで、ホッと一息ついた場であったためかも知れません。気の許せる仲間っていいなー、ってあらためて思いました。

     「めぐりめぐって」、なんて言葉がありますが、私が20年前に休職専従をすることになった時の先輩に、今回はバトンタッチすることになりました。たまたまの偶然なのですが、「偶然」と「必然」の弁証法的必然性をフッと考えていました。
     この先輩から現在の役員に就任したあとに送られた言葉は、「あせらず、謙虚に、かつ戦略的に」でした。いい言葉ですね。私の性格を知り尽くした先輩ならではの言葉です。

     ここ数年、多喜二を通じて知り合った仲間たちと関わってきた私のスタンスは、まさに「あせらず、謙虚に、かつ戦略的に」でした。でも、多喜二関係以外の人には、短気で、時には苛立ち、厳しい人間だったと思います。労働運動の仲間には、まったく容赦なくやっていましたからね。
     先輩は、そんな私に彼なりのエールを送ってくれているのですね。それがわかるだけに、かみ締めたい言葉だと思っています。

     ありがとう。
     
     
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    浜林正夫さん 権利を実力で勝ち取った労働者から学ぶ

    2009/10/06 06:18
     昨日10月5日の「赤旗」の学問・文化欄の月曜インタビューに、このほど著した『イギリス労働運動史』への思いを語っています。
    画像 未来ブログ8月27日記事で、『イギリス労働運動史』を紹介しましたが、昨日の「赤旗」記事を読んで、私の理解も深まりました。「権利を実力で勝ち取った英労働者、その強さや弱さには学ぶことも」と見出しがついていますが、「強さ」だけに学ぶのではなく、「弱さ」に学ぶこともあると思います。
     「蟹工船」の漁夫たちが1回目のストライキに失敗したあとに、その失敗の原因に学び、二度目は「マンマと成功した」ように。

     『イギリス労働運動史』のあとがきに、浜林さんは次のように書いていますが、いま、重要な視点だと思います。

     労働運動や労働者政党が衰退していく反面、核廃絶や環境保護や教育問題などに取り組む市民運動は発展を続けています。こういう市民運動と労働運動とがどのように連帯していくかがこれからの大きな課題となるでしょう。そのためには、労働組合もみずからの権利や生活を守るたたかいとともに、国民全体の権利と生活を守るたたかいに取り組むことが求められています。最近、企業の社会的責任が重視されるようになってきていますが、労働組合にもその社会的責任が問われているのではないでしょうか。

     歴史に学ばないものは当面の課題について場当たり的な対応しかできないのです。日本の労働組合も日本労働運動史の学習に取り組んでほしいものだと切望しています。
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    小林多喜二を描いた「組曲虐殺」 大好評 

    2009/10/06 05:53
     小林多喜二の生涯を描いた「組曲虐殺」が好評のようです。昨日の「潮流」には、「観客総立ちの拍手が続きます。」とありますし、「ぴあ」ニュースには「終演後も鳴りやまない観客のスタンディングオペーション」を紹介するとともに、「どんな状況でも希望を失わない小林多喜二の強さと彼を支えた人々の優しさは、現代の私たちにも勇気をくれる。けっして忘れてはいけない心の叫びが伝わる舞台だ。」と紹介しています。
     http://news.pia.jp/pia/news.do?newsCd=200910050005
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    大阪多喜二祭実行委員会 再開

    2009/10/05 03:51
     総選挙、大阪山宣記念集会のため、しばし休止していた大阪多喜二祭実行委員会を10月15日に再開します。来年の講師の確認や、今後の計画について相談することになります。例年より遅れ気味の出発となりましたが、大阪らしく元気にやっていきたいと思っています。

     大阪多喜二祭実行委員に新メンバーが加わります。私より18歳も若い女性です。大阪山宣記念集会への協力などを通じて広がった仲間です。回を重ねるごとに、新しい仲間が増えるというのは、本当に理想的な展開ですよね。同時に、若い人が仲間になって、大阪多喜二祭メンバーが若返っていくというのも、嬉しいことです。
     大阪らしく、元気に盛り上がっていきますので、みなさんのご協力をお願いします。

     私のほうは、10月1日から新生活が始まっています。たくさんの任務があって、執行委員長や副執行委員長、副所長、常任幹事、幹事、常任世話人などなど、それぞれの組織・団体によって名称はいろいろですが、たくさんの肩書きをいただいています。
     大阪の労働運動の中心的役割を求められている産別だけに、果たさなければならない役割がたくさんあります。スケジュール管理だけでもたいへんで、まだすべてを把握することさえできません(笑)。でも、いずれも「貧困なくせ」「雇用破壊許すな」につながる仕事ですので、元気にやっていきたいと思っています。
     体調管理はくれぐれも注意することにします。みなさんもくれぐれもご注意ください。
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    適正賃金義務 「公契約条例」 千葉県野田市で可決

    2009/10/02 06:10
     全国初の「公契約条例」が千葉県野田市で可決されました。官製ワーキングプア拡大のもとともなっているため、ずっと要求してきたものです。野田市に続き、全国で実施されるよう大きな運動を展開していかなければなりません。労働者派遣法の抜本的改正をはじめ、ワーキングプア拡大の温床となっている問題の根本的解決をはかるため、新政権にも働きかけを強めましょう。
     
    「産経ニュース」
     千葉県の野田市議会は29日、市発注事業の請負業者に、国が決めた最低賃金を上回る賃金の支払いを義務付けることができる「公契約条例」を全会一致で可決した。

     賃金切り下げによる公共事業の質低下防止がねらいで、予定価格1億円以上の公共事業と1千万円以上の業務委託の一部が対象。

     市が独自に設定する最低賃金は、国が公共事業の積算に使う労務単価や市職員の給与をもとに決める。下請け、孫請けや派遣労働者にも適用される。

     最低賃金が守られない場合、市は業者に是正措置を命じることができ、従わなければ契約を解除することができるとしている。業者名も公表する。市は順次、適用する業務範囲を広げる方針だ。
    2009.9.29

    http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/chiba/090929/chb0909292145009-n1.htm
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    あたらしい生活スタイルに 私のスタンスで挑戦します

    2009/09/30 07:14
     本日、休職前の最後の挨拶に職場に行きます。すでに、あらたな任務につき、半分くらいは年休で休んでいましたが、いよいよ最後になります。明日からは、出勤場所が変わることになりますが、家からは一本の電車で行けます。通勤は楽です。
     今日は滋賀県の産別組織の結成20周年のレセプションに大阪組織を代表して行ってきます。けっこうこの手の仕事が多くて、堪忍してくれー、と言いそうになっていますが、今はガマンしています(笑)。
     10月は、総選挙後の情勢などを受け、大きな会議などが目白押しです。重複する会議も多く、三役で割り振りしながら走り回ることになりそうです。時には、主催者あいさつなどをしなければならないこともあり、それぞれの合間に挨拶などを考えておかないといけないので、気の休まる日がありません。まあ、慣れれば、大丈夫だと楽観していますが。
     なにはともあれ、新しい時代にふさわしい労働運動の実践と発展のために、私のスタンスで頑張ろうと思っています。
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    大阪山宣記念集会の感想

    2009/09/28 19:47
     大阪山宣記念集会に参加された人が、ブログにその感想を紹介されています。

     ブログ「 明日につなぎたい」に、「理想の政治家」と題して次のように紹介されています。

     午後は「山宣生誕120年・没後80年、大阪山宣記念集会」に出る。オープニングでお馴染みの女性シンガー、ケイ・シュガーさんの歌曲、「多喜二へのレクイエム」「YAMASENー山宣」などを聴く。周りから感動の声が伝わってきた。
    画像 この集会で注目を集めたのは、山宣こと山本宣治が揮毫した「唯生唯戦」の書。「ひたすら生き、ひたすら闘う」意味だと解される。生物学者として労働者の性教育、小作争議支援にも東奔西走、やがて労農党代議士に。「山宣ひとり孤塁を守る だが淋しくない 背後には大衆が支持しているから」の言は余りにも有名。現場の政治家だった。稀代の悪法・治安維持法に反対して右翼の凶刃に倒れた。まだ39歳だったが政治家のあるべき姿を見事に示した。山宣こそ理想の政治家だと思った。


     http://asugo.blog.ocn.ne.jp/261012/2009/09/post_c70c.html

     ブログ「つれづれ」では次ぎように紹介していただきました。

     26日午後、大阪山宣記念集会に参加した。
    山宣生誕120年、没後80年である。若い頃、「映画・武器なき斗い」を見たり、宇治の山宣の墓前にお参りしたりして、山宣の名前は、話できいたものの、今日は改めて「やません」その人に触れる、よい機会だった。
    クリスチャンだった山本宣治が、口ずさんだであろう賛美歌、竹下夢二と親交のあった山宣のために夢二作詞の宵待草、その当時謳われたカチューシャの唄、与謝野晶子の「きみ死にたもう事なかれ」、ケイ・シュガーさん作詞・作曲の多喜二と山宣へのレクイエム、などなど、山宣ゆかりの唄を独唱された「ケイ・シュガー」さん、いつ聞いても胸が詰まる思いがする。
     柳河瀬さんは挨拶で、新潟県五泉市から「山宣の遺筆=唯生唯戦」を抱えて来てくれた猪熊市会議員を紹介、日本共産党の猪熊市会議員は、大阪山宣会の浜田紀男さんの依頼と出会いを語られた。
    画像 記念講演の、小田切明徳氏は、たまたま会場で出会った大阪AALAの友人Nさんの大学の同窓という。
    語りとスライドを通して、植物研究者から、科学者へ、性教育から農民運動、平和と民主主義運動へ、そして国会議員へと勢力的に駆け抜けた短い人生、その実像を「山宣は生きている」として語られた。
     私は、山宣が国会で治安維持法反対の演説の後、右翼の兇刃に倒れたことだけが印象的だったが、その右翼チンピラ黒田保久二の背後には、関東大震災の時、朝鮮人虐殺を指示した「甘粕某」があったことなど、初めて知ることだった。
     会場の広さに比して、空席が目立ったが、いい集会だった!。
    書籍を2冊購入してきた。楽しみ!
     スペインでは「歴史の記憶法」だ施行され内戦とフランコ独裁時代の犠牲者の名誉回復がされる時代を迎えている。ドイツでも同様の立法化がされようとしている。
     日本でも、山宣も、多喜二も、そしてあの暗黒時代に官憲の犠牲になった数十万人があり、虐殺80人、獄死1617人、逮捕投獄5162人、忘れてはならない事実である。今もその謝罪と名誉回復が求められている。


    http://87115444.at.webry.info/200909/article_24.html

    この二つのブログは、大阪多喜二祭の感想もよく書いていただいています。いつも、ありがとうございます。
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    多喜二と大月源二と伊藤ふじ子

    2009/09/27 16:23
     金倉義慧著『画家 大月源二』をずいぶん前に買っていたのですが、やっと読み始めました。最近では、読みたくて買った本が常に在庫として50冊ほどあるので、ひどい時は2〜3〜5年くらい読まずに本棚に並べたままのことがよくあります(笑)。結局、いつかは読むのですが、買ったときの関心と毎日持って歩く本を選ぶときの関心が変わっているのです。ちょっと在庫が多すぎるきらいもありますが、早く買わないと絶版になることがあるので、これは仕方ないと割り切っています。

     さて、『画家 大月源二』に、次のような記述があります。

     その一九三三年一〇月、一年四カ月の豊多摩刑務所(後の中野刑務所)の拘留中に大月源二は一時保釈されている。
     「多喜二と私」下書きによると、その折に「伊藤ふじ子の訪問を受けた」と記されてある。小林多喜二の晩年「生活をともにした」(沢地久枝『続昭和史のおんな』)女性がこの伊藤ふじ子であったから、小林多喜二と大月源二の交友を伊藤ふじ子は知っていてそれで保釈中の大月源二を訪ねたのだろう。


     伊藤ふじ子と大月源二は、この訪問以前に面識があったのでしょうか。ただ、「小林多喜二と大月源二の交友」を知っていたから訪ねたというのは不自然です。多喜二虐殺後の伊藤ふじ子の「活動」状況はどうだったのでしょうか。多喜二の妻ということがわかれば、特高警察に付きまとわれる恐れさえあり、行動には十分注意していたようにも考えられますが、そんな伊藤ふじ子が保釈中の人物に会いに行くのは危険要素があります。
     大月源二の検挙は1932年6月ですから、仮に面識があったとしても、「多喜二の妻」ということを知っていたかどうか、疑問が残ります。

     保釈中に訪ねたのを、単に「小林多喜二と大月源二の交友を伊藤ふじ子は知っていてそれで保釈中の大月源二を訪ねたのだろう」というのは説得力がありません。
     以前から面識があったか、生前の多喜二から伊藤ふじ子は「何か言伝みたいなものを頼まれていた」のかもしれない、そんな想像をさせる場面です。
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    大阪山宣記念集会 220名の参加で大成功

    2009/09/27 10:40
    9月26日、山宣生誕120年・没後80年の「大阪山宣記念集会」は、220名の参加で、あらためて山宣について学び、現代を考える場として成功しました。

    画像 オープニングは朗読とケイ・シュガーさんの山宣ゆかりの唄と、本邦初公開のケイ・シュガー作詞・作曲の「YAMASEN ― 山宣」などが披露されました。朗読もピアノも素晴らしく、参加者一堂うっとりと聴き入り、最後には大きな拍手に包まれました。

    画像 柳河瀬会長の主催者あいさつで、本集会の目玉が紹介され、そのひとつである新潟五泉村を訪問した際に揮毫した「唯生唯戦」の掛け軸には人々の注目が集まり、集会終了後も人だかりがなかなかひかないほど注目されました。

     小田切明徳宇治山宣会顧問の「現代に生きる山本宣治」はスライドなどを駆使し、立体的な講演で、山宣に親しむ絶好の講演でした。その後、鰺坂真さんなどが質問を交え、参加者と一体となったトークは、とてもアットホームな感じで、一方通行の講演とは違う和やかな雰囲気で集会を締めくくることができました。

     もちろん、終了後はみんなで懇親会です。カーキー・ソルトさんの司会で大いに盛り上がりました。懇親会終了後に、大阪多喜二祭実行委員会の事務局メンバーで、次は2010年大阪多喜二祭だ、と講師などの検討を行いました。講師については現在打診中で、決定したらお知らせします。
    画像













    画像
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    9月26日 ケイ・シュガーさん 「山宣」の歌初公表

    2009/09/24 06:12
     いよいよ明後日が大阪山宣記念集会です。この日にはケイ・シュガーさん作詞・作曲の「山宣」の歌が初発表されます。見所、聴き所、いっぱいの大阪山宣記念集会に、ぜひお越しください。カーキー・ソルトさんからの紹介を転載します。

     10年ぶりの大阪山宣記念集会です。記念講演「現代に生きる山本宣治」の講師の小田切明徳さんは、山宣の研究では日本でトップクラスの研究家です。オープニングではシンガーソングライターのケイ・シュガーさんが山宣ゆかりの歌、竹久夢二作曲の「宵待草」などを歌います。
     注目されているのは、この日の為にケイ・シュガーさんが作詞・作曲されて、今回初公表の「山宣」の歌です。各界からとても期待されています。10年後には、集会が開かれるかどうか保証されませんので、この機会に、友人知人にお誘い合わせの上、ぜひご参加ください。
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    9月26日 大阪山宣記念集会

    2009/09/23 15:59
    大阪山宣記念集会

     日 時  2009年9月26日(土) 13時開会
     場 所  ドーンセンター7階ホール (大阪府立女性総合センター)
           地下鉄・京阪「天満橋」駅徒歩5分
     講 演  「現代と生きる山本宣治」 小田切明徳宇治山宣会顧問
     協力費  1,000円
     主 催  大阪山宣記念集会実行委員会
     問合せ  治安維持法国賠同盟大阪府本部
           06−6772−7555

     いよいよ今週26日に「大阪山宣記念集会」が開催されます。同会には、宇治の山宣資料室をはじめ貴重な資料も展示され、注目です。大阪の多喜二祭実行委員会と山宣会は兄弟付き合いをさせていただいています。ぜひ、みなさんのお越しをお待ちしています。
     本日の「赤旗」に浜田さんの記事が載り、御影さんからさっそくその要約を紹介をいただきました。以下に転載します。

     9月26日「大阪山宣記念集会」では、山本宣治が右翼の凶刃によって斃れる数日前に、新潟五泉村を訪問した際に揮毫した「唯生唯戦」の掛け軸が展示されるそうです。23日しんぶん「赤旗」に浜田紀男氏が、その書について寄稿されています。(以下要約)

    画像 山宣は1925年2月27日、農民組合の招待で新潟五泉村を訪れました。予定されていた演説会は、警察から「集会禁止」とされることになるのですが、当日の昼ごろ「かじや旅館」で食事をしながら座談会が開かれました。その時に、山宣は「唯生唯戦」の書を揮毫しました。これを地元の農民組合・石田宥全氏(戦後、社会党衆議院議員)が受領し、石田氏の長男・和夫氏が保存していました。
     縦書きで「唯生唯戦」と書かれ、左側に”一九二九・2二・二七於五泉 山本宣治”と記されています。
    署名下の花押は、卵子に向かう精子を象(かたど)っています。山宣がよく使っていたものです。書の下の方にはラテン語で”VITA BREBIS SCENTIA LONGA”(人生は短く科学は長し)と書かれています。また、上部には宇治善法の山宣記念碑の裏面にある「山宣ひとり孤塁を守る だが私はさびしくない 背後には大衆が 支持しているから」の拓本が貼り付けられている。(戦後、宥全氏が加えた。)
     唯生唯戦の意味はそれぞれだが「ひたすら生き、ひたすら戦う」と言われている。石田家により大切の保存されているのだろう、一点の染みも無かった。
     この書を見たときの感銘は、昨年の6月1日、山宣資料館で、山宣の突然の悲報に驚き、山宣の実家の花やしきに弔意を送った、俳人の河碧梧桐の書簡を79年ぶりに発見した時のときめきと同一のものだった。
     (浜田紀夫 大阪山宣会事務局長)
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