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help リーダーに追加 RSS 10/14青年多喜二祭開催へ青年ガンバル―「勇気、連帯」を合言葉に―

<<   作成日時 : 2006/09/12 20:39   >>

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画像 10月4日の「青年多喜二祭」の成功めざし、実行委員会から呼びかけと案内が届きました。合言葉は「勇気、連帯」です。ぜひ参加者を広げてください。

小林多喜二の生誕103周年を記念する10/14「青年多喜二祭」を成功させよう!!

 学校では「君が代」を強制的に歌わされ、卒業したら「毎日残業でクタクタ」…そのあげく残業代は払ってもらえない、「こんな生活はイヤダ」、というのは青年共通の思いです。でもなかなか声をあげることができない・・・・・・。

 これって社会の教科書に載っていた、小林多喜二の小説「蟹工船」と同じじゃないという声がひろがっています。
 小林多喜二(こばやし・たきじ 1903-1933)は、過酷な労働実態を告発し、そこから立ち上がり団結してたたかう人々を描き、戦争に反対して、特高に殺された作家というだけではなく、自分達と同じ青春の悩みを抱えた人物として、身近な存在となってきました。
 そこで私たちは、多喜二が生きていれば103歳の誕生日を10月13日に迎えることを記念して、「青年多喜二祭−多喜二を語る座談会とコンサートの夕べ」を10月14日午後6時より、東京・代々木の日本共産党多目的ホールで開きます。

 座談会パネラーは、池田博穂(「時代(とき)を撃て・多喜二」映画監督)、ケイ・シュガー(「多喜二へのレクイエム」歌手)、浅尾大輔(作家、労働運動家)、北村隆志(「しんぶん赤旗」政治部記者、文芸評論家) 小山国治(大阪多喜二祭実行委員)の5氏です。
 全国100ケ所以上で上映したという映画「時代(とき)を撃て・多喜二」への若者の反応、「多喜二へのレクイエム」CDを4000枚以上普及した経験、大阪では初の開催となる「大阪多喜二祭」の準備への青年の取り組みなど、パネラーを囲み座談会形式で交流会を行います。合言葉は「勇気、連帯」。
プログラム概要は以下の通り。
                       ◇
青年多喜二祭――「座談会とコンサートの夕べ」へのご案内
  ―人々の幸せを願い、戦争に反対し、殺された青年作家がいた―

日時=10月14日(土) 午後5時半開場/6時開演

場所=日本共産党本部2階 多目的ホール(東京・渋谷区 JR代々木駅より徒歩3分)  定員=70名(申し込み先着順)

● プログラム
プレ企画=17:00〜17:30 共産党本部ツアー(定員15名)

第1部=1 18:20〜19:20
 Kei・Sugar ミニコンサート 《多喜二へのレクイエム》
  Kei・Sugar=京都市生。現在大阪の地方新聞記者。05年6月にファーストCD「多喜二へのレクイエム」リリース。
オリジナルの「間違えたっていいじゃないか」、「多喜二へのレクイエム」を中心に、「ニーナ」(多喜二が生前歌ったといわれるイタリア歌曲)、「千の風になって」や、「勇気一つを友にして」、「翼をください」など。

第2部19:30〜20:30 
 座談会 《「多喜二とともにたたかえ―天皇制・靖国神社・憲法九条改悪》

※翌10月15日10:00からは、多喜二が地下活動した、麻布十番、築地などをめぐる
文学散歩を行います(定員15名)。

問い合わせなどは、 青年多喜二祭実行委員会 (事務局)〒339-0058 さいたま市岩槻区本丸3-12-5  TEL/FAX 090-5519-9273 http://blog.goo.ne.jp/freedom1933へ。

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コメント(8件)

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多喜二のこの写真、ズーッと疑問に思っていたのですが、撮影された場所と時間、家主さんか常連さんはご存知でしょうか?
有名な多喜二の写真でありながら、私も含めて知らない人がおおいのではないでしょうか。1小樽の自宅で1929年暮れ頃?2杉並区馬橋の家で1931年暮れ頃?
御影暢雄
2006/09/12 21:19
手塚英孝編「写真集 小林多喜二 文学とその生涯」(1977年)に「1931年馬橋の家で」とあります。
未来
2006/09/12 22:03
前々からここには来ていたのですが今日はじめてコメントさせていただきます。この写真は昭和6年杉並馬橋と書いてありましたよ。暮れ頃かはわかりませんが・・・
がくたま
2006/09/12 22:05
前々からここには来ていたのですが今日はじめてコメントさせていただきます。この写真は昭和6年杉並馬橋と書いてありましたよ。暮れ頃かはわかりませんが・・・
がくたま
2006/09/12 22:07
家主さん、かくたま様、コメント有難うございます。
丹前を着ているので、11月も志賀直哉邸訪問の後、馬橋の家の書斎で、雑誌記者の求めで撮影された写真だと、私は推察しますが・・・。
御影暢雄
2006/09/12 23:06
『アサヒグラフ』1932年1月20日号に掲載の「監房随筆」 に作品とともに掲載されたものです。
有名な写真ではありますが、これがトリミングされていないものです。
『アサヒグラフ』誌は、大判のグラフ誌だけあって、この写真、ごらんの通りの2色刷りの貴重なものです。

青年多喜二祭事務局のさくむらです。
よろしく。
さくむら
2006/09/12 23:22
この「監獄随筆」は、1931年11月14日に書いたもののようですから、御影さんのおっしゃるように志賀直哉邸訪問の後のものでしょうね。
さくむら
2006/09/12 23:25
さくむらさん、ありがとうございます。
最新情報がありましたら、どんどん紹介してください。
青年多喜二祭成功させましょう。
未来
2006/09/13 07:22

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