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zoom RSS 多喜二とキリストの死

<<   作成日時 : 2006/07/20 20:50   >>

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 三浦光世『三浦綾子創作秘話』という今月発売の文庫本を見つけました。三浦綾子の15作品を中心に、それらの作品の執筆の動機やエピソードが書かれています。いつくか興味深く読んだものがあるのですが、二つだけ紹介します。
 ひとつは「主人持ちの文学」。『氷点』のテーマが「原罪」であることから、「文学作品の中に自分の思想信条を盛り込むことは、『主人持ちの文学』として、忌避される傾向がある」ことへの心配をした様子が語られています。深く分析されてはいませんが、思想・信条を否定するものでないところに、これからも考えるべき視点があると感じました。

 もうひとつは『母』に関する章で、その副題を「多喜二とキリストの死」としているところです。三浦光世が三浦綾子に書くことを進めた小説は、『泥流地帯』と『母』の2作品ということです。

 光世が、「多喜二のお母さんを、小説に書いてくれないか」と1982年頃に言ったとき、綾子は、「多喜二のお母さんを書く以上、当然多喜二にも触れるわけでしょう。その思想についても書かねばならないわけだから、それはむつかしいわ。これから共産主義を勉強する時間もないし、第一わたしにはその力がないわ」と答えたそうです。
 それでも光世の思い入れは続きます。「裁判にもかけられずに虐殺されてよいのか・・・おそらく耐え難い口惜しさを抱きつづけたのでないか」というのが、光世の多喜二の母への思い入れでした。また、光世がキリスト教と共産主義思想との共通点と考える視点もなかなか興味深いものがありました。

 ともあれ、光世と綾子の二人三脚の人生。光世は綾子の机上に、「私は小林多喜二全集の一冊を置いた。表紙に多喜二の顔写真が大きく載っている一冊であった。その多喜二の顔を見ていたら、可哀想になって書いてくれるかと思った」というから、光世の執念もすごいものだと思います。
 光世が言い出して、「おそらく三、四年は過ぎていたかと思うが、そのうちに遂に資料を調べ始めた。そして、小林多喜二の一家が、実に明るかったことに綾子は感動する。多喜二の死とキリストの十字架の死も重なってきたようでもあった」と、そしてついに『母』の口述執筆が始まりました。

 「綾子は口述しながら幾度も涙をおさえていたし、筆記する私もしばしば胸を突き上げられる思いがしたことだった」

 かくして、名作『母』が誕生しました。その後の秘話も興味深いものがあります。小林多喜二の思想にもふれた『母』をまわりに読むように進めたクリスチャン、『母』を読んで受洗された男性がいるといいます。
 「多喜二とキリストの死」の視点。ここには、多喜二が人々のために懸命に生きたというそのこと自体が人の心を撃つ、そんな多喜二の生命力を感じました。

 最後に光世はいいます。
 「読者の中には、『母』と、綾子の最後の小説『銃口』は、官憲に咎められる日が来るのではないかと心配してくださる方もいる。・・・いつまでも、この『母』が読まれる日本であって欲しいと、祈らずにはいられない」と。

 きっと祈るだけではいけないことにも気づいていると思う著者の言葉です。クリスチャンと唯物論者、そこにも接点があります。多喜二は、クリスチャンにも共感される人であり、そこには私たちが多喜二を広く語り継ごうとすることとの共通の問題意識を感じることができます。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
東京・中野の多喜二祭で三浦光世さんが講演されたことがある。
とても慈しみ深いお話しでした。
「母」は、角川文庫で読むことができます。
ぜひご一読をお願いしたい一冊です。

「時代を撃て・多喜二」の最後の浅利香津代の朗読は、多喜二の母・セキが乗りうつったかのような迫真の演技ですよね。
これもぜひ、見て欲しいものです。
ここには、リクツを抜きにして共感を得るものがあると思います。
takahashi
2006/07/20 21:02
ご近所のバプテスト派クリスチャンの方(高齢の女性)から、数年前聖書の話をしたところ、「母」「銃口」を読むようにと貸して頂きました。その時、三浦綾子氏が述べているように、クリスチャンの中には、多喜二とキリストの相似性のイメージを抱いている方々がおられるのだと思いました。その方には、「時代を撃て!」のビデオがでたら、お貸しする約束をしています。
関西のあるお寺のHPを見ていたら、何と「闇があるから光がある」という多喜二の言葉を紹介していました!クリスチャンばかりか、仏教徒の中にも多喜二を偉大な殉教者として尊敬する方々がおられるようです。
御影暢雄
2006/07/20 21:26
多喜二の「父」を書く人はいないのでしょうか?
ちょっと不思議に思います。
Takahashi
2006/07/20 23:01
多喜二のご家族は、ほんとうに素敵ですよね。
多喜二のお父さんといえば、あの「転形期の人々」のなかに描かれてる主人公のお父さんをいつも重ねてしまうのですが、あの、お父さんが、パンやお餅を背負ったままの格好で、学校の門の前で主人公を待っていて、主人公に、進学が叶ったことを伝える場面がとっても感動的!ですよね。主人公が、自分のお父さんを恥ずかしいと思った、自分はなんてやつだ、と涙する場面が何回読んでも、とってもみずみずしく感じます。
めい
2006/07/22 16:21

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