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zoom RSS 『関東大震災』吉村 昭/「調査の緻密さに感心してしまいました」

<<   作成日時 : 2005/07/21 05:19   >>

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 1923年(大正12年)9月1日の関東大震災を、地震科学、天災と人災の側面、人々の心理(朝鮮人虐殺)、権力者の動向(大杉栄虐殺)などを、体験者の証言を聞き取りながら多方面から描いている。

 あとがきに「私の両親は、東京で関東大震災に遭い、幼児から両親の体験談になじんだ。殊に私は、両親の口からもれる人心の混乱に戦慄した。そうした災害時の人間に対する恐怖感が、私に筆をとらせた最大の動機である」とある。
 それにしても、吉村昭の探究心には感心する。何十年も前の事件をほんとうに丹念に追っている。『長英逃亡』にも感心したが、あらためて感じた。

 さて、関東大震災に関わる多方面の調査であるためにすべてについて書評を書くことはできない。印象に残ったところを紹介してみたい。
 列挙するため、誤解を与えないでほしい。本書は小説のように読める書であることを言っておきたい。

 ひとつは、防災面の分析である。関東地方での大地震予測を発表した地震学者は、防災の必要性を主張していた。特に出火に関わる点である。文明の発展による水道管の普及により、防火水槽が減少し、震災時には水道管の破裂などにより防火が不十分であるとの指摘である。
 阪神淡路大震災の実態からみて、関東大震災時の教訓が活かされていないし、その後も十分ではないことを考えると、人災の大きさを重視することの大切さを考えさせられる。

 もうひとつは、朝鮮人虐殺、社会主義者虐殺の実態である。前者の背景分析と人心の分析は優れている。韓国併合という侵略行為のあとだからこそ、朝鮮人が震災に便乗して復讐されるのではないかという恐れが、デマ情報を妄信した。そして、新聞や警察も誤報を鵜呑みにした。政府・警察の責任は重大であると、著者は糾弾する。
 ただ、政府・警察のミスのように描かれている点には疑問を感じる。積極的に扇動した事実はないのだろうか。この点への踏み込みは不十分だ。
 その典型的なあらわれが、平沢計七、河合義虎、大杉栄などの虐殺事件である。政府は、韓国併合後という時期的に、社会主義者と朝鮮人の共闘を恐れていた。だからこそ、震災のドサクサに社会主義者たちを弾圧し虐殺するという暴虐を実行した。前者は群集の妄信であり、後者は確信犯的行動だとひとくくりにするのは、浅い読み方だと思うのは邪推だろうか。

 他にも、評価したい所や、疑問符を投げかけたい所がある。しかし、本書が描こうとした視点には大切なことが含まれていることを言っておきたい。
 今でも、十分に考察すべき内容を含んでいる。一度読んでみてはどうだろうか。

2005-06-21

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