「ハーメルンの笛吹き男」と「裸の王様」
10月9日付け「産経ニュース」にこんな記事があります。「【橋下府政ウオッチ】知事の奏でる笛 大阪府民をどこへ」という元担当記者の記事です。
大阪府庁担当として約1年にわたり橋下徹知事を身近で取材してきましたが、交代することになりました。せっかくの機会なので当欄を借りて最後のごあいさつを。
知事とは民間人校長の採用をめぐる特別秘書の口利き問題などで会見中にバトルを繰り広げたりもしましたが、私の中で最も印象に残っているのは、知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」の初陣時のワンシーンです。
5月の大阪市議補選の選挙運動最終日。擁立した候補の応援のために駅前でマイクを握った知事はその後、陣営のスタッフらとともに数百メートルほど離れた公園まで支持を訴えながら練り歩きました。その間、知事が道行く人々に「一緒に行きましょう」と声をかけると、老若男女のカップルや夫婦、家族連れらがまるで吸い込まれるように行列に加わっていきました。知事の姿を一目見ようと家から飛び出てきた人たちも、そのまま列に連なりました。
アイドル並みの人気を誇る知事ならではの光景ですが、正直に言うと、私は少し怖くなりました。子供のころに読んだある童話を思い出したからです。
それは、奏でる笛の音によって動物や人を意のままに操り、町に大量発生したネズミを退治した救世主かと思えば、町中の子供たちを連れ去り住民を悲嘆の淵(ふち)に突き落とした男の不思議な物語。この有名な童話「ハーメルンの笛吹き男」の背景には歴史的な出来事や解釈が諸説あることをのちになって知りましたが、当時の幼い私は単純に物語に登場する子供の姿に自分を重ね合わせ、《どこに連れていかれるのかわからない》恐怖を想像して震えました。
なぜそんな記憶が呼び覚まされたのか、自分でも謎です。でも、こう考えることにしました。知事の奏でる笛の音が《府民をどこへ導こうとしているのか》に非常に関心があるからだと。
これからは一歩離れたところから、橋下府政を見ていきたいと思います。(伐栗恵子)
最後は「批判」ではなく「関心」という言葉で曖昧にしていますが、「どこに連れていかれるのかわからない恐怖」は、正直な感想を言っているのでしょう。
橋下知事が府民の暮らしや生活を良くすることはまったく見えないけど、橋下知事が何を身に付けているかは見えないけど、みんなにつられて見えないものを見えたように同調する「裸の王様」の世界なのかもしれません。
でも、それだけではないこともしっかりと抑えておく必要があります。やっぱり根本には閉塞感があります。政権交代がおこっても何も変わってはいません。自民や民主の政治では何も変わらないことを体験した国民の意識が存在します。
そのもとで、「大阪府をぶっ壊す」「大阪市をぶっ壊す」「国のあり方を変える」というフレーズに、期待してみたいという思いがあります。ここに支持を集める土壌があります。
このことをしっかり踏まえたうえで、丁寧に橋下知事のめざすものが大企業奉仕だけだということを知らせていくことが必要です。このことに速効薬はありません。みんなが自分の言葉で暮らしの視点から知らせていくことが最も大切です。
どんなに時間がかかっても、真実を知らせる努力なしには、変化はおこりません。同時に真実が知れ渡れば、変化は劇的に起こります。
子どもが、「王様は裸だよ」と叫べば、逆らうと怖い王様であっても、最後は真実が勝つことになります。
簡単なことではありませんが、いつまでも「ハーメルンの笛吹き男」と「裸の王様」の言いなりにならないというのも童話と人類の歴史が教えてくれることです。
大阪府庁担当として約1年にわたり橋下徹知事を身近で取材してきましたが、交代することになりました。せっかくの機会なので当欄を借りて最後のごあいさつを。
知事とは民間人校長の採用をめぐる特別秘書の口利き問題などで会見中にバトルを繰り広げたりもしましたが、私の中で最も印象に残っているのは、知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」の初陣時のワンシーンです。
5月の大阪市議補選の選挙運動最終日。擁立した候補の応援のために駅前でマイクを握った知事はその後、陣営のスタッフらとともに数百メートルほど離れた公園まで支持を訴えながら練り歩きました。その間、知事が道行く人々に「一緒に行きましょう」と声をかけると、老若男女のカップルや夫婦、家族連れらがまるで吸い込まれるように行列に加わっていきました。知事の姿を一目見ようと家から飛び出てきた人たちも、そのまま列に連なりました。
アイドル並みの人気を誇る知事ならではの光景ですが、正直に言うと、私は少し怖くなりました。子供のころに読んだある童話を思い出したからです。
それは、奏でる笛の音によって動物や人を意のままに操り、町に大量発生したネズミを退治した救世主かと思えば、町中の子供たちを連れ去り住民を悲嘆の淵(ふち)に突き落とした男の不思議な物語。この有名な童話「ハーメルンの笛吹き男」の背景には歴史的な出来事や解釈が諸説あることをのちになって知りましたが、当時の幼い私は単純に物語に登場する子供の姿に自分を重ね合わせ、《どこに連れていかれるのかわからない》恐怖を想像して震えました。
なぜそんな記憶が呼び覚まされたのか、自分でも謎です。でも、こう考えることにしました。知事の奏でる笛の音が《府民をどこへ導こうとしているのか》に非常に関心があるからだと。
これからは一歩離れたところから、橋下府政を見ていきたいと思います。(伐栗恵子)
最後は「批判」ではなく「関心」という言葉で曖昧にしていますが、「どこに連れていかれるのかわからない恐怖」は、正直な感想を言っているのでしょう。
橋下知事が府民の暮らしや生活を良くすることはまったく見えないけど、橋下知事が何を身に付けているかは見えないけど、みんなにつられて見えないものを見えたように同調する「裸の王様」の世界なのかもしれません。
でも、それだけではないこともしっかりと抑えておく必要があります。やっぱり根本には閉塞感があります。政権交代がおこっても何も変わってはいません。自民や民主の政治では何も変わらないことを体験した国民の意識が存在します。
そのもとで、「大阪府をぶっ壊す」「大阪市をぶっ壊す」「国のあり方を変える」というフレーズに、期待してみたいという思いがあります。ここに支持を集める土壌があります。
このことをしっかり踏まえたうえで、丁寧に橋下知事のめざすものが大企業奉仕だけだということを知らせていくことが必要です。このことに速効薬はありません。みんなが自分の言葉で暮らしの視点から知らせていくことが最も大切です。
どんなに時間がかかっても、真実を知らせる努力なしには、変化はおこりません。同時に真実が知れ渡れば、変化は劇的に起こります。
子どもが、「王様は裸だよ」と叫べば、逆らうと怖い王様であっても、最後は真実が勝つことになります。
簡単なことではありませんが、いつまでも「ハーメルンの笛吹き男」と「裸の王様」の言いなりにならないというのも童話と人類の歴史が教えてくれることです。
この記事へのコメント
沖縄では熱い選挙戦が繰り広げられているのに、マスコミは何故か消極的な報道姿勢のように感じられます。