2009年02月08日 大阪多喜二祭 前夜祭に心がホクホク 小林多喜二 大阪多喜二祭 昨日の前夜祭に参加された方のブログを拝見したら、さっそく前夜祭の感想を書いていただいていました。ほんとうにステキな集いだった心がホクホクする思いで帰路についた下記ブログで全文が読めます。http://87115444.at.webry.info/200902/article_6.htmlすごく嬉しい感想です。前夜祭は、「参加者が主人公」をモットーに開催していますが、このように喜んでもらえると本当に嬉しいです。2月28日もお待ちしています。
kei.sugar♪ 2009年02月10日 00:33 未来さん、みなさんお疲れ様でした。遅くなってすみません。長くなってすみません。忘れないうちに、大阪多喜二祭前夜祭の様子を書きとめておきます。2月7日夕方6時から大阪市中央区のねむかホールで2009年大阪多喜二祭前夜祭が開かれ、愛知や伊丹、奈良など他府県からの参加者を含む60人以上が集いました。会場が少し分かりにくいところにあったため、近くまで来て見つからず帰ってしまった人や、別の集会を終えて二次会から参加した人もいました。多喜二をテーマに何日でも話せる人や社会科学や環境問題などの講師として全国を駆け回っている人から、「小林多喜二の小説は一冊も読んだことがない」という20代の女性、一人で動物愛護の運動をしてきた30代の男性まで、実にさまざまな人が集まりました。 第1部は、多喜二が生前、好んで歌った歌の中から、フランスの原語で歌っていた「ラ・マルセイエーズ」の歌唱でオープニング。このあと、1980年代半ばの電電公社民営化とのたたかいの中で、大阪の通信産業労組が小林多喜二を芝居化した際、脚本・演出を担当した赤木正賢さんがミニミニ講演。
kei.sugar♪ 2009年02月10日 00:39 当時の苛酷な労働実態を紹介し、労働組合という組織が多喜二を求めた当時に対し、現代は人々が苦しみ悲しみの中から個人として多喜二の「生きる光」をつかもうとしている、多喜二文学の底流に流れるヒューマニズムを深層でつかみとる必要があると述べました。 おーいま子さんは、好評だった昨年に続いて、三浦綾子の「母」を朗読。多喜二が初任給で実弟三吾さんにヴァイオリンを贈った話や、少年時代の母ときょうだいたちの心の触れ合いの様子、かけがえのない息子を奪われたことへの無念の思いなどを一人語り。まるでセキさんがそこにいるかのようでした。 第2部はみんなで歌って交流。合唱、出し物、各地運動紹介と多喜二がつないでくれた人の輪と連帯を感じるひとときでした。 新興吟詠会の皆さんは創作詩吟「蟹工船」を披露。府内の大学教員だったI先生は、担当するクラスで小説「蟹工船」の感想を学生から集めた話、関西共同映画社のI社長は4月に大阪市内の映画館での「蟹工船」上映が決まったことを報告。山村聡監督が当時、莫大な映画製作資金を調達したことなど、並々ならぬ思いで映画に臨んだことを紹介しました。
kei.sugar♪ 2009年02月10日 00:42 このほか、母校廃止計画を撤回させるために粘り強く運動している大阪市大2部学生、市民病院を一方的に廃止した市長のリコール運動を始めた松原市民、多喜二と同じように治安維持法の犠牲になった韓国の詩人尹東柱の記念碑を宇治に建立する運動をしているKさんなどさまざまな活動が紹介されました。 元大阪城天守閣館長のWさんは珍しいジンギスカンの歌を熱唱、治安維持法国倍同盟大阪府本部のY会長による津軽海峡冬景色の替え歌「麻生内閣冬景色」では会場が爆笑に包まれました。 松原市の焼き鳥屋「トリヤ」のマスターと仲間でつくる音楽バンド「B.B」や、元ホームレスのピアニスト合田清さんも味わいのある演奏を披露してくれました。童謡研究家のIさんも3年連続で前夜祭に参加、昨年の寝屋川市長選挙で現職候補に惜敗したNさんも全員合唱のアコーデオン伴奏で参加してくださいました。 宮本たけし元参院議員も、この日最後の演説となった東淀川区からギターを手に駆けつけ、得意のフォークソングを披露。最後は「上を向いて歩こう」の大合唱で、あっという間の2時間45分の幕を閉じました。
kei.sugar♪ 2009年02月10日 00:48 終ってから参加者から続々と感想が届いています。 堺市から参加されたMさんは「若い人がたくさん来ていてよかった。知人が来ていてびっくり。広がりを感じた」、伊丹のMさんは、前夜祭に誘ってくれた知人に「会議ばっかりしてたんではいけないね」とおっしゃっていたそうです。ピアニストの合田清さんも、「とても楽しかった。こういうのがあればまた参加したい」、30代の青年を誘って参加してくれた羽曳野市のMさんは、「それぞれの持ち場で活躍されているみなさんの熱い思いが、若い人たちにもしっかりと伝わると信じています。多喜二祭も楽しみ」とメールをくれました。 この勢いをさらに広く高く大きくし、28日の大阪多喜二祭を会場いっぱいの参加者にして、来てくださった方一人一人に、明日への希望とエネルギーを持って帰ってもらえるような素晴らしい集いになるようにしましょう。
この記事へのコメント
2月7日夕方6時から大阪市中央区のねむかホールで2009年大阪多喜二祭前夜祭が開かれ、愛知や伊丹、奈良など他府県からの参加者を含む60人以上が集いました。会場が少し分かりにくいところにあったため、近くまで来て見つからず帰ってしまった人や、別の集会を終えて二次会から参加した人もいました。多喜二をテーマに何日でも話せる人や社会科学や環境問題などの講師として全国を駆け回っている人から、「小林多喜二の小説は一冊も読んだことがない」という20代の女性、一人で動物愛護の運動をしてきた30代の男性まで、実にさまざまな人が集まりました。
第1部は、多喜二が生前、好んで歌った歌の中から、フランスの原語で歌っていた「ラ・マルセイエーズ」の歌唱でオープニング。このあと、1980年代半ばの電電公社民営化とのたたかいの中で、大阪の通信産業労組が小林多喜二を芝居化した際、脚本・演出を担当した赤木正賢さんがミニミニ講演。
おーいま子さんは、好評だった昨年に続いて、三浦綾子の「母」を朗読。多喜二が初任給で実弟三吾さんにヴァイオリンを贈った話や、少年時代の母ときょうだいたちの心の触れ合いの様子、かけがえのない息子を奪われたことへの無念の思いなどを一人語り。まるでセキさんがそこにいるかのようでした。
第2部はみんなで歌って交流。合唱、出し物、各地運動紹介と多喜二がつないでくれた人の輪と連帯を感じるひとときでした。
新興吟詠会の皆さんは創作詩吟「蟹工船」を披露。府内の大学教員だったI先生は、担当するクラスで小説「蟹工船」の感想を学生から集めた話、関西共同映画社のI社長は4月に大阪市内の映画館での「蟹工船」上映が決まったことを報告。山村聡監督が当時、莫大な映画製作資金を調達したことなど、並々ならぬ思いで映画に臨んだことを紹介しました。
元大阪城天守閣館長のWさんは珍しいジンギスカンの歌を熱唱、治安維持法国倍同盟大阪府本部のY会長による津軽海峡冬景色の替え歌「麻生内閣冬景色」では会場が爆笑に包まれました。
松原市の焼き鳥屋「トリヤ」のマスターと仲間でつくる音楽バンド「B.B」や、元ホームレスのピアニスト合田清さんも味わいのある演奏を披露してくれました。童謡研究家のIさんも3年連続で前夜祭に参加、昨年の寝屋川市長選挙で現職候補に惜敗したNさんも全員合唱のアコーデオン伴奏で参加してくださいました。
宮本たけし元参院議員も、この日最後の演説となった東淀川区からギターを手に駆けつけ、得意のフォークソングを披露。最後は「上を向いて歩こう」の大合唱で、あっという間の2時間45分の幕を閉じました。
堺市から参加されたMさんは「若い人がたくさん来ていてよかった。知人が来ていてびっくり。広がりを感じた」、伊丹のMさんは、前夜祭に誘ってくれた知人に「会議ばっかりしてたんではいけないね」とおっしゃっていたそうです。ピアニストの合田清さんも、「とても楽しかった。こういうのがあればまた参加したい」、30代の青年を誘って参加してくれた羽曳野市のMさんは、「それぞれの持ち場で活躍されているみなさんの熱い思いが、若い人たちにもしっかりと伝わると信じています。多喜二祭も楽しみ」とメールをくれました。
この勢いをさらに広く高く大きくし、28日の大阪多喜二祭を会場いっぱいの参加者にして、来てくださった方一人一人に、明日への希望とエネルギーを持って帰ってもらえるような素晴らしい集いになるようにしましょう。