暴力・犠牲・連帯 ― 今に生きる小林多喜二

 本日、まもなく6時半から表題の講演があります。実は、これには時間が許せば参加しようと思っていたのです。日曜日の晩なのですが、月曜日の始発の新幹線に乗れば、ギリギリ始業時間に間に合う、そんな計画を立てていました。しかし、体力の限界にきてしまい、断念しました。
 暴力、犠牲。この二つをどのような視点で島村先生が話すのかとても興味があります。「暴力」はどのような理由があろうとも許してはなりません。この「暴力」に対する視点は今日重要になっています。かって、島村先生に知り合う前に読んだ『臨界の近代日本文学』で、宮沢賢治の「暴力」への視点についての考察に新鮮な衝撃を受けました。その視点がどのような発展されているのか、これが第一の興味です。
 二つ目は、「犠牲」の問題です。この「犠牲」については、いろいろな角度から分析する必要があると思います。治安維持法の「犠牲」者は、言うまでもなく権力による「犠牲」者です。ところが、「政治と文学」論争を起点とした「犠牲」感は違った視点から問題にされています。この問題は、明確にする必要があります。このことに島村先生がどのように切り込むのか、これほど興味深いテーマはないと思います。
 私の永年の研究テーマは、一言で言えば「自由」なのです。哲学的な意味をも持つ人間の「自由」とは、なのですが、この「自由」と「犠牲」には大きな関連があります。一方で「犠牲」のある「自由」などは、本当の「自由」ではないのです。フランス革命の「自由、平等、友愛」の「自由」は、すべての人の「自由」ではありませんでした。「搾取の自由」を含んだ「自由」でした。このような片側通行の「自由」ではなく、双方向が「自由」をどう実現するのか、そのことを考えるうえで、「犠牲」の問題は解決されなくてはならない問題なのです。

 ところで、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟三浦半島支部準備会、本当に長い長い名です。私の少数の仲間では「チイドウ」(治維同)なんて言ってますが、これでは趣旨は理解されず、文書にする時は正式名称を使うしかありません。でも、「チイドウ」の署名を集めるとき、「黄色い署名」と言えば、私の周りでは通用します。
 国民的に、「チイドウ」「黄色い署名」が通用するようになった時、社会が動いているのだと思います。

 これからでは、間に合いませんが記録として紹介します。
多喜二生涯の仕事と関連して「暴力・犠牲・連帯」の問題を考えている。この「暴力・犠牲・連帯」をテーマとして、22日(日)に横須賀で講演を行う予定である。
 日 時 6月22日(日)6時開場、6時半開会
 場 所 べるく横須賀第一会議室6階
 内 容 ビデオ上映「戦争に反対した人々」(約30分)
      講演「暴力・犠牲・連帯--今に生きる小林多喜二」(講師:島村 輝)

 資料代 500円
 主 催 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟三浦半島支部準備会(問合せ:046-851-1123 永倉まで)

この記事へのコメント

Prof. Shima
2008年06月24日 09:41
丁寧なご紹介ありがとうございます。一昨日はこちら大雨でしたが、会場にはかなりの参加者がありました。習志野の垣内つね子さん(九条世界会議の「戦争と弾圧」企画でご一緒した)も来場されました。

短い時間ではありましたが、多喜二の生涯にわたる課題としての「暴力」と「犠牲」というテーマに答える一つの可能性としての「連帯」の表象について考察しました。これはいずれどこかで論文として発表したいと思っています。

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