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zoom RSS 「自然発生的」について

<<   作成日時 : 2011/12/04 17:29   >>

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 私も時には使っているかもしれない「自然発生的」という言葉について、考えさせられた。レーニンの「なにをなすべきか?」に書かれている。以前に読んだ時には、素通りしたかもしれない。今月、レーニンの「マルクス=エンゲルス=マルクス主義 1」(国民文庫)収録の「なにをなすべきか?」抜粋を読んでいて、釘づけになった。「自然発生的にもいろいろある」として、「理解しはじめた」という捉え方は、偶然ではなく必然性が内在していることを示している。歴史が断絶していないように、人間社会の運動も断絶していないことを考える時、「自然発生的」という言い方に気をつける必要があるだろう。

 「しかし、自然発生的にもいろいろあろうというものではないか
 「「自然発生的要素」とは、本質上、意識性の萌芽状態にほかならないということである
 「つまり、労働者は、自分たちを圧迫している制度が確固不動のものであるという古くからの信仰を失って、集団的反撃の必要を・・・理解しはじめたとは言わないが、感じはじめ、目上の者への奴隷的従順をきっぱりと捨てさったのである

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「プチブルインテリゲンチャは革命運動で自然発生性に拝跪くする・・・」
 1960年代半ばから70年代にかけて「新左翼」が台頭した時、彼らの掲げた運動論がまさに、レーニンの指摘の通りでした。暴力的な運動を拡大すれば革命が近くなるという乱暴な論理建てでした。しかし、当時の朝日ジャーナルとかは彼らを英雄扱いして持ち上げたのです。
 これは橋下氏を“改革者”扱いする今の一部のマスコミと似ています。
 支配者階級は国民の革新的なエネルギーを分断したり、ミスリードしたり、とにかく強大な統一戦線ができないように、マスコミを巧妙に利用しているのですね。
御影暢雄
2011/12/04 21:42

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