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zoom RSS 「蟹工船」劇 「北緯五十度以北」と小林多喜二

<<   作成日時 : 2011/11/13 17:19   >>

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 以前、古本市で購入した吉田謙吉著『築地小劇場の時代』を読んだ。ここに書いてあることが本当なら、蟹工船執筆の調査は函館だけでなく、船中の様子などは小樽でも調査していたことになる。興味深い。吉田謙吉は舞台装置家で築地小劇場で仕事をしていた。以下、引用(P233〜)。

 高田保脚色による小林多喜二の「蟹工船」は「北緯五十度以北」という題目に変えさせられてしまったことによって、かろうじて上演されることになった。
 新築地劇団の「蟹工船」の上演にさいしては、劇団から、当時、小樽の拓殖銀行に勤務していた小林多喜二を、土方与志とぼくとでたずねることになったが、土方与志が、地方公演の稽古にひっかかっていて、何としても出かけられなくなってしまったために、ぼくだけがひとり、「蟹工船」そのものについての資料取材のために、小樽まで出かけることになり、あらかじめ、劇団から小林多喜二宛つぎのような電文を打った。
 キサクカニコウセンブタイノタメヨシダケンキチアスアサ7ジ オタルニツク」シンツキジ
 初日は、すでに数日後に迫っていた。ぼくは小林多喜二をたずねるはなしがきまるとすぐ、その日のうちに小樽に向かった。
 (略)
 小樽に着くなり、拓殖銀行をたずねると、すぐにわかった。ひっそりとした裏通りにあった二階建ての木造の洋館まがいの建物で、はいっているなりカウンターで刺を通じると、ちょっとはなれたデスクから、立ちあがった小林多喜二は、にこやかにその白顔をほころばせながら、出てきてくれた。
 (略)
 漁業組合を、まず、たずねた。入口の土間に立ってみると、両側のニ階ベットから蟹工船の漁夫たちが、むっくり起きあがりながら、無表情ぜんとした顔を一瞬こちらに向けた。一人の漁夫が、土間のあたりまで出てきてくれ、小林多喜二と二言・三言はなしはじめていたが、北海道弁というか、ほとんどはなしの内容はききとれなかった。
 (略)
 小林多喜二と漁夫のはなしは、ぼくに蟹工船を見せてあげてほしいとの頼みの連絡だったことがあとでわかった。だが、「あいにく、いま、みられるように、船からあがったところだし、就航はしていない」という。しかし、船員のいない船そのものだったら、見せてもらえるということだった。
 もちろん、ぼくはぜひその船を見せてほしいと頼んだ。その足で、そのまま小林多喜二と埠頭に向かった。埠頭といっても、さくばくとした浜辺で、そこに、小さなモーター船のはしけが一・ニ隻もやっていた。だが、小林多喜二は、銀行の勤務中なので、いったん銀行に帰らなければならないからというので、その浜辺で別れ、ぼくひとのそのハシケに乗せてもらった。
 (略)
 ぼくはふたたび拓殖銀行にもどって、小林多喜二に会い、礼をのべると、すぐにまた小樽の駅にひきかえし、その日のうちに連絡船に乗った。
 (略)
 それについて付記しておきたいのは、尾崎宏次、茨木憲両氏による著「先駆者の生涯―「土方与志」」の年表によると、ぼくがこの上演にさいして小樽まで出かけたが、「小林多喜二には会っていない」と記されているが、明らかに誤りであることは、以上にしるしたとおりだが、
 (略)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この資料は未見でした。ご紹介ありがとうございます。多喜二研究はますます進んでいきますね。
Prof. Shima
2011/11/17 08:15
ここに書かれていることの確認は必要ですが、多喜二の「蟹工船」調査の一端が浮かんでくると思いますが、どうでしょうかね。
未来
2011/11/17 22:11

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