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zoom RSS ここがロドス島だ、ここで跳べ! 『資本論』

<<   作成日時 : 2009/02/01 09:32   >>

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 『資本論』の独習も第二篇第四章第二節「一般的定式の諸矛盾」まできました。私は、『資本論』の中でこの節の「ここがロドス島だ、ここで跳べ!」が一番好きです。

 商品交換はその純粋な姿態においては、等価物どうしの交換であり、したがって価値を増やす手段ではない

 等価物どうしが交換されても剰余価値は生じないし、非等価物どうしかが交換されてもやはり剰余価値は生じない。流通または商品交換はなんらの価値も創造しない

 すでに明らかにしたように、剰余価値は流通からは生じえないのであり、したがって、それが形成される場合は流通そのもののなかでは目に見えないなにごとかが、流通の背後で起こっているに相違ないしかし、剰余価値は、流通から以外にほかのどこから生じるであろうか?

 したがって、資本は、流通から発生するわけにはいかないし、同じく、流通から発生しないわけにもいかない。資本は、流通のなかで発生しなければならないと同時に、流通のなかで発生してはならないのである
 こうして二重の結果が生じた
 貨幣の資本への転化は、商品交換に内在する諸法則にもとづいて展開されるべきであり、したがって等価物どおしの交換が出発点をなす。いまのところまだ資本家の幼虫として現存するにすぎないわれわれの貨幣所有者は、商品をその価値どおりに買い、その価値どおりに売り、しかもなお過程の終わりには、彼が投げ入れたよりも多くの価値を引き出さなければならない彼の蝶への成長は、流通部面のなかで行われなければならず、しかも流通部面のなかで行われてはならない。これが問題の条件である。
 "ここがロドス島だ、ここで跳べ!"


 この"ここがロドス島だ、ここで跳べ!"については、『イソップ寓話集』からの引用で、注には、「ロドス島で大跳躍をしたと言うだぼら吹きにたいして、それではここで跳んでみろ、と人々が言ったという寓話から」とある。

 『資本論』の一番好きな所として、また、"ここがロドス島だ、ここで跳べ!"については、過去に書いたことがありますので、その一文を紹介しておきます。

 ”ここがロドス島だ、ここで跳べ!”
「資本論」の中で私の一番好きな場面というか箇所です。マルクス以前の経済学が跳べなかった剰余価値が何処から生まれるかの本質を、マルクスが「私には跳ぶことができる」と得意満面に、読者を焦らすことをあたかも楽しむような顔が浮んでくるような場面です。ここを読むといつも嬉しくなります。難解といわれる第一篇「商品と貨幣」を読み終えた後に出てくる場面だけに、あたかも自分にも跳ばしてくれるんだという気になってしまうから不思議です。

 http://f-mirai.at.webry.info/200701/article_15.html

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