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伊豆利彦さんの「日々通信 いまを生きる」第283号に「暴風雨の秋に多喜二を読む」という記事が9月20日更新されました。伊豆さんの熱く生きる姿勢にいつも感銘しているのですが、今回もまた熱い思いが語られています。 法螺を吹き合う政治家、それとはまったく逆の多喜二の姿勢が浮かび上がってきます。多喜二は、本当に人々のことを思い、誰もが生き易い世の中を実現しようと最後の最後まで生き続けました。 伊豆さんは、「これと時期を同じくして民主文学会横須賀支部が発足し、小林多喜二の学習会を始めるという。私はこれを偶然のことは思わない。」と記していますが、そのとおりだと思います。大阪多喜二祭が30数年ぶりに復活したのも、今年の全国の多喜二祭がすべて大盛況だったのも、「蟹工船」ブームもけっして偶然ではありません。それを動かす力が起きているのです。 伊豆さんは、「若者たちのあいだに『蟹工船』が強い共感を呼び起こしているのは、作品を通して自分自身と日本の現実を新しい目で発見しなおしたからだ。」と言います。本当に若者は考え、行動を始めています。 『蟹工船』を読んだ若者たちは、多喜二を「兄貴」と呼び、「惚れた」という。そして自分たちのつらい現在を語り始める。多喜二は自分たちにああしろ、こうしろとお説教したり、扇動したりしないで、自分たちのつらい経験をじっと朝までも聞いてくれて、そして最後に「彼らはもう一度立ち上がった」と書くだろうと言い、その優しさに本当に「惚れた」のだという。多喜二を読んだ若者たちはその「優しさ」に励まされて、それぞれの経験を話しだす。そこにこの作品の意味があるのだろう。 この作品の意味が、社会を動かす、動かせるという人間の能動的なエネルギーになることを願わずにはいられません。 こんな社会はおかしい、いま誰もが感じていることです。感じるだけではいけない、それを変えていこうという意志へとつなげていきたいです。 伊豆先生の記事は以下をクリックしてください。 http://tizu.cocolog-nifty.com/heiwa/2008/09/283-a097.html |
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