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zoom RSS 小林多喜二が読めなかった時代

<<   作成日時 : 2007/08/04 06:28   >>

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 窪田精『私の戦後文学史』が古本屋で400円で売っていました。読んでいて興味深かったのは戦後じゃなく、それ以前の窪田精さんの体験でした。
 「小林多喜二という名前を、私がはじめて知ったのは、十七歳のときである。一九三八年−昭和十三年の八月だった。その頃、私は横浜の中区吉浜町というところにあった海員養成所にいた」
 そこで、プロレタリア文学や小林多喜二、「蟹工船」のことを教わり、本屋を探し回ったがとうとう入手できなかったそうです。すでに国禁の書として小林多喜二は読めない時代だったのです。そんな時代の中で、「反戦的な活動に参加するようになった」という窪田精さんの体験談は貴重な話だと思います。
 窪田さんが小林多喜二の本を入手したのは戦後になってからです。今は自由に読めるのに、小さな本屋には小林多喜二の作品は置いていないですね。探し回ったら、見つかりはしますが、探し回らなければ入手できない、これはこれで悲しい現実です。

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佐藤さんのブログにも以前書いたのですが、約40年前の「青年運動」に、宮本顕治氏の多喜二についての文芸講演の抄録が掲載されていました。その中で川端康成の女性に対する描き方と、多喜二のそれを比較していました。川端が女性への同情が欠けているのに比べ、多喜二の作品では女性への暖かい思いやりが描かれていると、多喜二の女性への姿勢をほめていました。恐らくタキさんがモデルと考えられる女性に対して、自分の姉や妹に対するのと同じように優しくいたわる場面を引用していたのですが、作品名が何であったか覚えていません。おわかりの方はご教示ください。
 女性へのこまやかな愛情を描く点では、石川啄木と共通した点が私には感じられます。

 死ぬまでに一度会わんと 言いやらば
  君もかすかにうなずくらんか 
        (啄木「一握の砂」より)
御影暢雄
2007/08/07 21:43

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