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zoom RSS 「敗北」の文学

<<   作成日時 : 2007/07/30 20:51   >>

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 宮本顕治の死去、関口安義著『世界文学としての芥川龍之介』の発売のニュースで、宮本顕治『「敗北」の文学』にあらためて興味がわき、20年ぶりに『「敗北」の文学』を読み直しました。

 「意外にも、私は、我々に近く立っている氏を発見したのである」「氏は、一生脱ぐことの出来なかった重い鎧を力一杯支えながら、不安に閉ざされた必死の闘いを見せているのであった。その数種の遺稿と共に、最後に、我々に肉薄して来ているのである」

 だかこそ、「我々は如何なる時も、芥川氏の文学を批判し切る野蛮な情熱を持たねばならない。我々は我々を逞しくするために、氏の文学の「敗北」的行程を究明してきたのではなかったか。「敗北」の文学を−そしてその階級的土壌を我々は踏み越えて往かなければならない」と締めくくっています。

 宮本顕治は芥川文学を否定しさるのではなく、芥川文学の「情熱」をもっと強い現実に根ざした「情熱」で、「敗北」することなく生きなければならないとの強烈なメッセージを発していたように感じました。宮本顕治20歳の作だけに、「野蛮な情熱」などという言葉が使われていますが、ここには文学と生きることとの関係を掴もうとした宮本顕治の情熱がにじみ出ているように思えるのは私だけでしょうか。

 多喜二が現実の矛盾に葛藤し、そこから抜け出した生きた方。志賀直哉の文学に学び、それを乗り越えようとした姿を思い浮かべるとき、「敗北」しないために生き続けた多喜二の情熱をも想像します。
 多喜二が、獄中で学び直した海外・国内の文学に対する姿勢は、まさに過去の文学を否定し去るのではなく、そこから学ぶことの大切さだったように思います。社会の真実や矛盾をどのように捉え、どのように描こうとしたのか。まだまだ私たちが学ぶべきことは多いような気がします。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
宮本顕治の『「敗北」の文学』読んでみたくなりました。
本を探します。
多喜二全集は5冊目に入りました。
8月11日は治安維持国賠同盟の総会に参加します、懇親会でインターナショナルでも歌いましょう。
ササヤン
2007/07/31 11:25
江口著「たたかいの作家同盟記」には、著者と芥川・菊池寛との交友についても記されています。特に芥川の自殺については、親しい付き合いのあった者でしか知り得ないことも書かれています。自殺の本当の原因は永遠に「藪の中」ですが・・・。(黒澤監督「羅生門」の原作が「藪の中」だそうですね。)
 
 
御影暢雄
2007/07/31 20:24
ササヤン、11日に文庫本持っていきましょうか?私は文芸評論選集持っているから、シミだらけだけど、文庫本のほう贈呈しますよ。

御影さんの最近の読書内容の紹介楽しいです。私も読みましたが、このように解説される興味深いですね。
未来
2007/08/01 20:08
若い人のために少し講釈させて頂きます。「”敗北”の文学」は雑誌「改造」の懸賞募集の文芸評論部門の1等に選ばれ、無名だった宮本氏を新進の評論家としてデビューさせた記念すべき論文でもあります。その時の2等が小林秀雄の「様々なる意匠」でした。彼は既に一定の知名度を当時勝ち得ていたので、自分が1等を取れると思い込み、友人らと賞金をあてにした宴会で散財していたそうです。彼の「様々―」の評論は皮肉なことに、宮本氏とは全く反対の視点をもった文学論で、プロレタリア文学に価値を認めないというものでした。その姿勢は終生変わらず、戦後自分が主幹となって企画した文学全集には、多喜二も百合子も全く排除するという有様でした。宮本氏が1931年、「小林秀雄論」にて、彼の反プロレタリア文学姿勢を批判していますが、この評論も議題の隔たりを感じさせない、興味深い評論です。出会いの時(「改造」懸賞論文)からバトルの火花を放った、宮本・小林(秀雄)の足跡の検証は、これからの日本の文学を考える上でも有意義だと思います。
御影暢雄
2007/08/01 22:23
8/6 に宮本顕治偲ぶ会が開催されます。

話題変わって、民主文学会は来年二月多喜二を偲ぶ企画をしています。
takahashi
2007/08/02 21:49
”「敗北」の文学”の第2章で宮本氏はブハーリンの、「我がコムソモールの机の上には共産主義者のABCの下に、エセーニンの小さな詩の本が横たわっている。」という言葉を引用し、日本では進歩的な知識人が芥川の作品を愛読するのも同じ共通項があると論じています。ブハーリンの言葉は、ソ連共産党が「革命文学」と認知していないエセーニンの詩が、ソ連の共産主義青年同盟の若い人たちに人気があることを指摘していたのです。革命とは無縁の、歌謡曲(エセーニンの詩)を若者が口ずさんでいるという意味が込められています。宮本氏は、しかし芥川(エセーニン)は万人の心を魅了してしていて、我々のだれもが「芥川」を有していると書いています。このスタンスが”「敗北」の文学”が高く評価されて、今も輝きを放っている原点じゃないかと私は思っています。エセーニンは、ロシア革命後のスターリンによる圧政の動きに失望して、1925に自殺しています。また革命詩人と称せられたマヤコフスキーも。後を追うように1930年に自殺。彼らの危惧したように。スターリンの大粛清が1935年から本格化していきます。
御影暢雄
2007/08/02 22:54

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