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zoom RSS ここがロドス島だ、ここで跳べ

<<   作成日時 : 2007/01/10 19:24   >>

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 ”ここがロドス島だ、ここで跳べ!”
「資本論」の中で私の一番好きな場面というか箇所です。マルクス以前の経済学が跳べなかった剰余価値が何処から生まれるかの本質を、マルクスが「私には跳ぶことができる」と得意満面に、読者を焦らすことをあたかも楽しむような顔が浮んでくるような場面です。ここを読むといつも嬉しくなります。難解といわれる第一篇「商品と貨幣」を読み終えた後に出てくる場面だけに、あたかも自分にも跳ばしてくれるんだという気になってしまうから不思議です。

 いま時間をかけてじっくり読んでいるのが、工藤晃『経済学をいかに学ぶか』です。タイトルを読めば経済学の入門書のようにも考えられますが、なかなか奥の深い分析をしているなぁと感じています。まだ途中ですが、「資本論」を経済学面からだけでなく、哲学的思考から考察するところなど「資本論」の芸術的といわれるポイントをしっかりおさえたうえでの分析はなかなかのものです。労働を人間の生命活動としてしっかりとおさえているところも重要です。

 それはさておき、注目したのが”ここがロドス島だ、ここで跳べ!”です。著者は、「ここで読者から、『マルクスよ、あやしげなことを言うな、すぐに証拠を見せろ』と声をかけられることを期待していたのではなかろうか」と推測しています。
 私の前述の読みとはまったく違うことにちょっと驚いています。これほど受けとめ方が違うとは本当に面白いなぁと思いました。

 まあ、マルクスはちゃんとみんなの前で「跳んで」みせたからそれでいいのですが、著者がこだわったのが「イソップ寓話」の解釈なのです。著者は「すぐに跳べ」に重点を置いていますが、私は実際には「跳べない」ホラ話をいさめる寓話として読んでいます。一つの文脈の解釈には、こうした引用文の解釈次第でも変わることに気がついた次第です。なかなか興味深い教訓でした。
 ここにも「思い込み」による解釈がいかに違うかの典型があるような気がします。マルクスにとって、この言葉の意味ははっきりしていたはずです。「イソップ寓話」への解釈というか「思い込み」によってこれだけ違ってくるとは、一つの文脈を読むにも気をつけなければなりませんね。

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