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zoom RSS 伊藤整からみた多喜二 そのA

<<   作成日時 : 2006/06/19 20:19   >>

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 遅々として進まなかった『若い詩人の肖像』もやっと終わりが見えてきました。後半には手塚英孝の多喜二伝が多く活用されています。手塚英孝の多喜二伝の存在の大きさを、ここにも感じることができます。だから、これほど語られる小林多喜二なのに新しい多喜二伝が出ないのかな。倉田稔『小林多喜二伝』は、こうした状況のもとで小樽時代の多喜二伝を充実させたところに注目されますね。
 倉田稔『小林多喜二伝』を読んで以来、気になっていた『若い詩人の肖像』。前回の続きを列記します。

 「その図書館で私はまた、ほとんど常に、広い閲覧室のどこかに、あの蒼白い、自身ありげな顔をした小林がいるのを発見した。また来ている、とその度に私は彼の存在を意識し、うるさいように感じた」(28)

 「私は、それ等の本のどれもが、私が借りる前に、あの顔の蒼白い小林多喜二に読まれていることを、自然に意識した」(30)
 「あいつが読んだ後では、私は自分の読んでいる本の本当の中身がもう抜き去られているような気がした」(30)
 「詩ならともかく、小説を読んでいる時は、私にはわからないカンジンの所を、小林の方が分かっていて、それをみんな吸収してしまっているにちがいなかった。私が小説を嫌ったのも、この気持ちのせいであったかも知れない」(30)

 伊藤整が後日書いた自叙伝であるため、そのまま受け止めるわけにはいきませんが、伊藤整の意識というか、自意識過剰というか、そんな雰囲気が逆に感じられる記述です。
 それでも、多喜二の図書館の本への書き込みが明らかになっている今日、伊藤整の感性としての記述があながち間違ってはいないところが注目されます。

つづく

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
「幽鬼の街」にも多喜二出てくるんですよね。なんか変わったかたちで。今度読んでみたいです。伊藤整の眼を通した多喜二を読むと、やっぱり多喜二って、すごい存在感だったんだな、と思います。
めい
2006/06/20 19:44
 私は伊藤整の作品はほとんど読んでいません。「幽鬼の街」にも出てくるのですか?また読む本が増えてしまいました。このブログの中に紹介された本を読むとすごい量になるでしょうね。 
未来
2006/06/20 20:37
志賀直哉が語る多喜二、伊藤整が語る多喜二、それぞれのスタンスがにじみ出てくるようなことばが連ねられていると思います。それにしても、志賀や伊藤にここまで語らせる多喜二の存在感は、ただ事ではなかったのでしょう。

今日大学の授業で「一九二八年三月十五日」の冒頭を読みましたが、細かく分析していくと多喜二の小説家としての凄みがわかってきます。そしてその中心に「人権」という問題がしっかりと坐っていることも。学生たちも初めて読む人が多かったのですが、うなずきながら味わっている様子がよくわかって、手ごたえを感じましたよ。
Prof. Shima
2006/06/21 01:21

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