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zoom RSS 伊藤整からみた多喜二 その@

<<   作成日時 : 2006/06/18 16:44   >>

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 『若い詩人の肖像』(新潮文庫)を古本市で見つけ、ぼちぼち読み進めているのですが、活字が小さくことや、伊東整に興味がないことからなかなか進みません。前半に小林多喜二のことが書かれていたので、中頃からは余計に進まなくなっています。とりあえず、伊藤整からみた小林多喜二を一部抜き出してみます。( )内は新潮文庫ページ。

 @「髪を伸ばして七三に分けた小柄な生徒が、青白い細面の顔に、落ち着いた、少し横柄な表情を浮べ、廊下の真中を、心持ち爪先を開いて、自分を押し出すように歩いてきた。
 その時、私はハッとした表情をしたにちがいなかった。小林多喜二という名がすぐに私の顔に浮かんだからである。その生徒は、私を知らなかったが、私の表情には気がついたようであった。なぜなら、その時、彼の方は、見知らぬ他人に自分を覚えられている人間のする、あの『オレは小林だが、オレは君を知らないよ』という表情をしたからである」(16−17)

 A「この、若くして人生に疲れたような青白い顔をした小柄な青年を、私は三年ほど前から毎朝のように見ていた。私より一年前にこの学校へ入るまで、彼はこの町の北海道庁立の商業学校の生徒であった」(17)

 B「その頃、小柄な、顔色の蒼い商業学校の生徒が、肩から斜めに下げたズックの鞄を後の腰の辺へのせるように、少し前屈みになり、中学生の群の流れをさかのぼる一匹の魚のように、向こうから歩いてきた」(18−19)

 C「そのうちに、私は、その商業学校の生徒が、私たちの中学校の坂の下にある小林というちょっと大きな菓子屋兼パン製造工場から出て来ることに気づいた。あのパン屋の息子だな、と私は考えた。その蒼白い細面の商業学校生徒は、広い街上を一面に群れてやって来る中学生たちの真中をさかのぼって歩きながら、いつも何となくナマイキな顔をしていた」
 「しかし、その少年は、何となく風采が上がらず、貧弱で、いつも疲れたような顔をし、鞄を後に背負って、配達夫のようにセッセと歩いた」(19)

 D「私が何者であるかに気もつかずに廊下の真中を歩いて行った。私は学校の教師や普通の上級生なら、頭を下げることも、道を譲ることも何とも思わなかったが、どうやら文学に心を集中しているらしい人間としてのこの上級生に道を譲るのには、奇妙な抵抗感があった。この男は、将来他人になり切ることの出来ない唯一の人間かも知れない、と、私は歩み去る彼を背後に感じながら、ぼんやりとそう思った」(24)

 @に続く文脈としてDがあります。@の16ページからDの24ページまでに、なぜDの意識が芽生えたのかが説明のように少し大げさに書かれています。A〜Bは多喜二の商業学校時代の姿をみた伊藤整の話なのですが、なんとなくチグハグなところがありますね。
 Bで「肩から斜めに下げたズックの鞄を後の腰の辺へのせるように、少し前屈みになり」が、Cでは「鞄を後に背負って、配達夫のようにセッセと歩いた」。
 また、Bで「中学生の群の流れをさかのぼる一匹の魚のように」歩き、Cで「いつも何となくナマイキな顔をしていた」のに、Cの後段では「しかし、その少年は、何となく風采が上がらず、貧弱で、いつも疲れたような顔をし」ていたと言っています。
 そして、Dへとつながっていくのですが、過剰意識か、この作品を書いた時期からくる伊藤整の誇張という気がします。この後も多喜二のことに言及が度々あるのですが、本日はここまでにします。

つづく。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
伊藤整の多喜二描写は、なかなかおもしろいですよね♪そうそう、このあいだ、中野重治の書簡集「愛しき者へ」で、多喜二のことがかかれていたのを思い出して、久々にひもときました^^以下は、獄中にあった中野が、妻である原まさのさんから、多喜二の死について聞いたあとの、彼女への書簡からの抜粋です(昭和8年三月四日)「彼についてはこまかいつまらぬことが思い出されてならぬ。議論する時の大きな声とか、片目をしかめて頭をクシャクシャと掻く手付きとか、そんなこと。重大な問題なぞなんだかモオロオとしている。」同志としての多喜二を失った中野の、信じられないような、なんだか非常にリアルな心情が滲み出ている気がいたしました。
めい
2006/06/20 19:33
大熊信行は『文学的回想』(第三文明社)で、小林多喜二に関して「小林多喜二は、こざっぱりして、気どりがなく、よく白い歯をむいて笑いながら話す、明るい気分の青年だった」と回想しています。多喜二と大熊信行との影響関係も、伊藤整とのトライアングルな関係として、もう少し論じられていいとおもいます。
takahashi
2006/06/23 00:33

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