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zoom RSS 多喜二は、もし虐殺されなければ、何をえがきたかったのか

<<   作成日時 : 2006/05/04 18:08   >>

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 今日と明日、久々の連休だ。3月以降、京都春の陣や世界反戦デーなどなど、週末になると出掛けることが多かった。二日連続の休みは本当に嬉しい。休みの日はいつも朝5時から夕方4時頃まで本ばかり読んでいる。仕事とは違って勤勉そのもので、家族からは不思議な目で見られている。と言っても、こんな生活はここ数年のことである。それまでは育児と家事と社会活動で忙しく、落ち着いて本を読む時間のない時もあった。

 さて、4月16日に「今、いかに生きるか 小林多喜二から学ぶ」と題して浜林正夫氏の講演があった。佐藤ブログに一部紹介したから知っている人もいるだろう。この講演で「多喜二は、もし虐殺されなければ、何をえがきたかったのか」という話があった。
 そこで紹介されたのが、ショーロホフ『静かなるドン』への多喜二の論稿である。さて、多喜二は『静かなるドン』をどこまで読んだのか。外村史郎訳の(一)(二)だけというのが説であり、私もそれに間違いないと考えている。

 少し話が脱線することを許されたい。多喜二の論稿には外村史郎訳の(一)(二)以降に関する記述がある。「まだ翻訳されていないが、ショーホフの『静かなるドン』では、欧州戦争の戦線における組織的、集団的反戦活動が非常に生々と描かれているそうである」と。
 ここで少し疑問に感じていることがある。外村史郎訳の(一)(二)は、岩波文庫2冊目の途中までに対応するのだが、ここだけで「悠長なプロレタリア作品」と評価できるのどうか。ここに少し引っかかっている。そこで、前述の記述である。多喜二は人からの話によって、この作品を論じているところがある。これはまだ検討中である。

 話をもとに戻したい。「多喜二は、もし虐殺されなければ、何をえがきたかったのか」で浜林正夫氏は、「日常のなかで時代を映し出すような長編を書きたい」と思っていただろうとまとめられた。
 多喜二の長編小説への意欲を並大抵のものではなかった。地下活動のなかでも小説を書き続けた多喜二の情熱は一貫していて、歴史に「もし」はないが、生きていれば長編小説を書いただろう。戦後を生きた多喜二の長編小説を読みたかったものだ。

 私は短編小説より、長編小説が好きで、主人公に感情移入しながら読んでしまう傾向がある。これが長編小説の楽しみである。ここ数年で読んだ長編小説で、とりわけ長編なのが、金石範『火山島』全八巻、趙廷来『太白山脈』全十巻、昨日から読んでいるのが李恢成『見果てぬ夢 』全六巻であるが、いずれも韓国の戦後を描いた作品である。
 『火山島』『太白山脈』の主人公あるいは主人公的人物は、共産主義に理解を示すものの現実の路線に懐疑的な意見をもった冷静な人物、『見果てぬ夢 』の主人公は共産主義者だがやはり現実の路線に疑問を感じている。
 金日成や毛沢東、スターリンの誤った路線だけでなく、教条主義、極左冒険主義、組織内の官僚主義を批判する内容をもちながら、共産主義に好意的な作品でもある。そこでは人間が生きるというテーマが真剣に追求されている。

 困った。話がまとまらなくなってしまった。

 これからこのブログをどうしようかと考えている。当面、「よみがえった小林多喜二」を再確認するうえで、多喜二ライブラリー出版図書の私の書評を再録してみようかと考えている。その途中でいろいろ考えもでてくるだろう。
 日本国憲法と多喜二についても考えていきたいが、どうもまとまらない。頼りない次第で面目ない。叱咤激励、コメントを乞う。

 みなさん、本当によろしくお願いします。
 ペコペコ。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
僕が思うに、第一は憲法改悪反対の闘いをたたかっているひとびとを取材していると思います。
第二に、いま生きることの意味を真剣にさぐろうとしている若者の苦悩を掬い取ろうとしていると思います。
そして第三に 一人ぼっちに孤立化されている人々の心をつなぐメッセージを発していると思います。未来さんのように。たびたび失礼しました(笑)
Jun_Takahashi
2006/05/04 23:06
 う〜ん、びっくり!Jun Takahashiさん、はじめてお話しますよね。「未来さんのように」とのコメント、嬉しかったです。Jun Takahashiさんがいうような多喜二の小説読んでみたかったですね。
 「若者の苦悩」とか、「孤立化されている人々の心をつなぐメッセージ」では、Jun Takahashiさんのイメージとは違うかも知れませんが、旭爪あかねに注目しています。ぜひ読んでみてください。『稲の旋律』『風車の見える丘』などがあります。
 これからもよろしく願いします。
未来
2006/05/05 06:29
Junさん、未来さん、こんにちは。多喜二にとっては「政治」と「文学」は切っても切れない車の両輪のようなものだったのではないでしょうか。厳しい状況の中で非合法の政治運動をしながらも、どうも多喜二は長編小説が書きたかったようだし、実際「転形期の人々」などは書き出しの部分だけしか完成していませんけど、長編作家としての資質を十分に感じさせたくれるものですよね。多喜二の、本当の本格長編が読みたかったなぁと感じます。では。
Prof. Shima
2006/05/07 08:39
今年の各地の多喜二祭の収録ビデオを見ました。一番楽しみにしていたのは秋田多喜二祭での島村講演。あっ、未来さんが最前列の席にかぶりつきで座ってる!ビデオカメラは佐藤三郎さん、そして島村さん。3人が同じ時間と空間を共有していると考えただけで、多喜二を現代に生かし、未来につなげる情熱が伝わってきてジーン。多喜二はエロスの人というのが興味深かった。多喜二が時代の制約を受けながらも、他者、とりわけ女性の人格や人権、生き方をどうとらえ、日常的にどう接し、文学で何を描こうとしたのか。党生活者の続編があったなら、かさはらと主人公はどう描かれたんだろうと思いました。多喜二の政治性や社会変革への情熱は文学や人との出会いからの影響が強いのでしょうが、人間や物事のの多様性を受け容れる柔軟性、ユーモアや楽天性がどのように形成されたのか、とても関心があります。商店を営んでいた多喜二の実家に泥棒が入った時、泥棒をつかまえなければと話すきょうだいに、母のセキさんがその人には必要だったんだよと語ったと何かの本に紹介されていましたが、私はそんな所に多喜二の人間観の豊かさの源を感じます。
kei.sugar♪
2006/05/07 14:25
 kei.sugar♪さん、そのビデオ、佐藤さんから届いたのですか?私も観たいです!ダビングしてください!
 島村先生の話は、最初から秋田の女性、男性の話で参加者の心を惹き付けていました。ほんとうに上手な語りでした。
 いよいよこの講演の核心に迫ろうとした時、「エロスの人」多喜二の登場です。「エロ」ではないとの話から参加者の心をグッと惹き付けました。
 多喜二が書こうとした『党生活者』の続編を読みたい!と心から思う講演でした。いずれ島村先生がまとめたものを発表すると思います。さらに発展した内容として発表されることでしょう。期待しています。
未来
2006/05/07 21:29
多喜二の「読ませたい本と読みたい本」のなかに「静かなるドン」二冊を読んだきりだとありしたよ。参考になりますか? エヘ(笑)
Jun_Takahashi
2006/05/07 23:57
 Junさん、ありがとうございます。多喜二は2冊しか読んでいないのです。なのに、その範囲で「悠長なプロレタリア作品」と評価できるのどうか、にこだわっているのです。
 人の話で作品を評しているように思われるのです。
未来
2006/05/08 05:21

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