未来 ― 私達の力で歴史を動かそう!

アクセスカウンタ

zoom RSS 多喜二ライブラリー特選図書への書評C 『小林多喜二生誕100年記念シンポジウム記録集』

<<   作成日時 : 2006/05/12 05:15   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 過去の書評を振り返るのも楽しい時がある。当時の認識を知ることができ、今と比較することができる。中には、とんでもないこと書いてると恥ずかしくなるようなものもあり、振り返るのが嫌になることもあるが。
 この書評の『党生活者』に対する認識は、秋田多喜二祭で島村先生の講演を聴いていなければ、いまだに持ち続けていたかもしれないと考えてしまう。この書評を書いた時点では、いわゆる傍証で満足していたわけだが、その後多喜二自身の手紙や作品から検証できるなどとは思っていなかった。
 島村先生が多喜二自身から読み解いた秋田講演は、『党生活者』論に対する画期的な内容であった。その発表の現場にいたことにあらためて感動している。このことについては、また述べたい。

-----------------------------------------------------

「多喜二の文学は語りつくされたか?!」

 昨年は小林多喜二の生誕100年、没後70年であった。各地で多喜二に関する記念行事が行われた。本記録は、11月30日に開催された「生誕100年・没後70周年記念シンポジウム」の記録集である。

 志賀直哉と多喜二の交流は有名であるが、あらためて志賀直哉との接点が示されるとともに、近代文学の流れの中にある多喜二の文学に焦点があてられた視点に興味を惹かれた。
 どんな思想家や文学者も、突然あらわれるわけではない。時代や歴史の流れの中で新しい文学、文学者が生まれるのである。いくつかの発表は、その点を明確にしており、時代の中での多喜二像を浮かびあがらせることに成功していると感じた。

 多喜二が描いた女性像には、過去から様々な論議がなされている。とりわけ『党生活者』の「笠原」についての論難が思い起こされる。
 この論争には、澤地久枝の『小林多喜二への愛』が、「笠原」を多喜二が結婚した伊藤ふじ子とする論は誤りであるとして、その論争に終止符を打った。
 その後、『母』を書いた三浦綾子が、多喜二は女性を「雌」としてではなく、「ともに生きる仲間として見ている」と言ったように、多喜二の女性解放の思想は本物だったことが明らかになっている。

 今年の8月28・29日に、「小林多喜二国際シンポジウムパート2」が開催される。今度のテーマは「多喜二文学、時代を超えて、いま世界に生きる」。世界の文学者が多喜二をどう読み、どう研究しているのか、楽しみなテーマである。
                         2004-07-29 未来

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
多喜二ライブラリー特選図書への書評C 『小林多喜二生誕100年記念シンポジウム記録集』  未来 ― 私達の力で歴史を動かそう!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる