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zoom RSS 『社会契約論』/ルソー/岩波文庫/「人間は自由なものとして生まれた」

<<   作成日時 : 2005/10/23 06:20   >>

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 人間は自由なものとして生まれた、しかもいたるところで鎖につながれている。

 『社会契約論』のはじまりの言葉は印象的である。自由を鎖につながいだ政治体への怒りが凝縮した言葉だ。ルソーは続けて「人民は〔支配者が〕人民の自由をうばったその同じ権利によって、自分の自由を回復する」必要があることを主張する。そして、そのために約束事である「社会契約」とは何かを、「はっきりさせて」おくために本書は書かれた。

 しかしながら、ルソーは『告白』で「『社会契約論』の中の大胆な議論は、すべて『人間不平等論』にことごとくある」と述べている。私にも自由への思いを激烈に述べた『人間不平等論』にこそルソーの声が聞こえてくる。とはいえ、『社会契約論』で示した政治体への憤りは、ルソーの到達した思想をより高めたものといえる。

 もっとも鮮烈な印象をもって読んだのが、次の言葉である。
「自分の自由の放棄、それは人間たる資格、人類の権利ならびに義務さえも放棄することにある」「こうした放棄は、人間の本性と相いれない。そして、意志から自由を全くうばい去ることは、おこないから道徳性を全くうばい去ることである」
 そして、「要するに、約束するとき、一方に絶対の権威をあたえ、他方に無制限の服従を強いるのは、空虚な矛盾した約束なのだ」と。

 自民党の憲法案の大枠が発表された。今月に発表された案には「愛国心」が義務付けられている。政府は「数の力」によって世論を無視し、国民は「愛国心」という義務によって服従を強いられる、まさに「矛盾した約束」としか言いようがない。

 もう一つ、ルソーの言葉に耳を傾けてみよう。
「彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや」「人民はドレイとなり、無に帰してしまう」そして、ルソーは「約束」は事前に知らされなければならない。「約束」の知らされない「契約」は無効であるという。
 先ほどの選挙はどうだったか。小泉首相は「約束」を示したか。ノーである。「約束」を示さない政府に、国民は絶対服従を強いられるのか。ルソーが憤る政治体なるものの本性を、小泉首相が示しているといえよう。

 自由を奪いもどす、その具体策をルソーは示すことができなかった。しかし、フランス革命をはじめ、その思想は「否定の否定」を繰り返しながら発展し続けている。
 私たちは、真剣に政治体について考える時である。そして、ほんとうに自由な社会を築くための努力が欠かせないだろう。

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