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zoom RSS 『小説の心、批評の目』/日本民主主義文学会/「文学に何が求められているのか」

<<   作成日時 : 2005/10/17 05:19   >>

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 文学と人間、この問題を論じた書が今日どれだけあるのだろうか。新船海三郎は「最近の文学入門書は、といっても、そもそも文学入門と名乗る本が出版されないのだが、もはや文学とは語らなくなっている」と指摘する。

 1950年代出版された加藤周一『文学とは何か』、阿部知二『文学入門』、桑原武夫『文学入門』に共通する「文学とは何か」を新船海三郎は次のように要約する。
 「文学は、いかに生きるべきかを語るものであり、いかに生きるべきかは、おのれの生存のみでなく社会をより善くしようとする善意と努力のあらわれであり、文学はその究極の意味が見出されるものでなければならず、作品を読み終わったあとでは、そのようにわれわれの心に新しい生き方をしめし、変革するものである」

 本書は、そんな文学精神を持ち合わせた人の思いがぎっしり詰まった「文学入門」のその入門編ともいえる構成になっている。
 「小説の心」「表現のこころみ」「私と文学」「批評の目」に構成され、延べ22人がそれぞれの文学観を述べている。

 私がいま一番注目している旭爪あかねは、「納得しがたい現実を批判し、それに立ち向かったりあるいはそのなかを生き延びていく人間の尊さ、いとおしさを伝えていることが、自分の求める小説の(絶対的ではないが)大きな要素である」と語っている。旭爪あかねの小説からは、人間への「いとおしさ」がしっかりと伝わってくる。その心を知ることができた。

 本書から読み取ったことは沢山あるが、その中からもうひとつだけ紹介したい。祖父江昭二が、プロレタリア文学の魅力を語っているが、その中で蔵原惟人と小林多喜二の関係を「文芸評論家蔵原惟人と作家小林多喜二との呼応とそれによるみごとな結実も、すぐれた達成・魅力の一つの見本である」と指摘している。まったく同感である。
 『1928.3.15』から『蟹工船』、そしてその後の多喜二の作品へと続く文学運動と蔵原惟人の存在は切り離せないであろう。多喜二が、蔵原惟人を強く信頼し、その期待に応えようとした姿勢に、熱い人間の情熱を私も感じる。

 さて、最後に新船海三郎氏に一言述べたい。「あなたが魅力ある『文学入門』を書いてください」と。評論家の新船海三郎に大いに期待している。

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コトバスケッチ。
2008/03/08 04:53

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