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zoom RSS 『魯迅』/竹内 好/未来社

<<   作成日時 : 2005/09/29 20:05   >>

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 竹内好の魯迅研究は有名である。古本市で見つけ低価だったので購入した。読みながら難解な書だと思いながら、なんとか読み終わった。
 「あとがき」を読んでびっくりした。本書が執筆されたのは1943年、出版されたのは出征中の1944年末だということである。

 魯迅といえば、中国革命中の作家として有名である。毛沢東が「マルクス主義者よりマルクス主義的」であると評したようであるが、そのような魯迅を主題とした書が、戦争末期の時期に出版されたことに驚きを感じる。

 魯迅を論じるには、「政治と文学」を語らないわけにはいかない。日本ではプロレタリア文学運動が壊滅させられ、作家のほとんどが「日本文学報国会」にくみした時期である。それだけに、このテーマを論じた書が出版されたことは、驚きであるといえる。

 といっても、何も日本の革命を論じたり、革命を扇動した内容の書ではない。魯迅が孫文などの革命をどのように受け止め、「革命」とは何かを魯迅がどう考えたかの論考に限っているのではあるが・・・。
 しかし、小林多喜二が特高警察に虐殺されたときに魯迅が熱い弔文を送ったことは、知る人に有名である。その魯迅の生涯と革命観に正面から立ち向かった書の意義は大きいのではなかろうか。

 さて、竹内好は、魯迅を「啓蒙家」であったと強調する。あくまでも「啓蒙家」としての魯迅に固執する。本書は、その著者の確信を裏付けるために書かれた、著者のための書ともいえる。それが難解さをもつ、ひとつの要因かもしれない。
 そして、「革命と文学」の問題が今日ほど研究されていない時代のものであるため、著者の中で「革命と文学」の問題が十分に消化されていず、魯迅の引用を多用することによって魯迅を認識しようとしているところに難解さがあるのかもしれない。

 難解だが、私が注目した言葉を紹介したい。
 「政治と文学の関係は、従属関係や、相剋関係ではない。政治に迎合し、あるいは政治を白眼視するものは文学ではない。真の文学とは、政治において自己の影を破却することである。いわば政治と文学の関係は、矛盾的自己同一の関係である」

 文学は、政治に従属してもいけないし、政治を白眼視してもいけない。これはわかりやすい。「自己の影を破却する」とはリアリズムということであろうか。ここの所が私には理解しにくい言葉であった。

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