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zoom RSS 『学問のすすめ』/福沢諭吉/「福沢諭吉は真の平等主義者だったか」

<<   作成日時 : 2005/09/11 17:26   >>

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 私はこれまでのいくつかの書評で、福沢諭吉の平等主義に疑問を示し、批判してきた。福沢諭吉を真の平等主義者とは思えないからである。

 そんなこともあり二十年ぶりに『学問のすすめ』を読んでみた。やはり、この書は、批判せざるを得ない、とあらためて感じた。

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」との言葉は名言であり、有名である。しかし、この言葉は福沢諭吉の言葉であろうか。
 アメリカ独立宣言の「神は・・・」を「天は・・・」にして福沢諭吉は「言えり」と言ったのである。「言えり」とは、そのように言われているという意味で、福沢諭吉がそう思っているかどうかは別である。

 福沢諭吉は、現状の社会を「貧しきものあり、富めるものあり」といい、その原因は学問の有無にあるという。
 そして、職業に貴賎なし、と言いながら、賎しい職業につくのは学がないからと蔑視的な考え方を述る。また、貧賎の生じたる原因は「己が身より生じたる」と断言する。

 はたしてこれが平等な考え方であろうか。オギャーと生まれ出たとき、貧者の家に生まれたのは「己が身より生じたる」と言えるのだろうか。この本が出版された明治初めに、どれだけの人が学ぶ機会に恵まれたのであろうか。
 そもそもの出発が同じでないのに、どうして貧しい人の原因を、「己が身より生じたる」と言えるのであろうか。

 また、「政府は国民の名代にて、国民の思うところに従い事をなすものなり」として、何でも政府に従えと言う。従わないのは「無知」のなせるところと説くなど、一方通行もはなはだしい。
 そして、政府と国民は同等と言いながら、学問をして「政府と同位同等の地位」に登って来い、と言う。

 「学問のすすめ」の中の本の一部を読んでも、矛盾、矛盾に溢れている。学問の必要性はもちろんであるが、社会の貴賎や差別をすべて無知のせいにしてしまう感覚には同意できない。
 何よりも、このような主張では真の平等は実現しない。福沢諭吉を徹底した平等主義者と説く説には、やっぱり同意できない。

2004-05-05

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