未来 ― 私達の力で歴史を動かそう!

アクセスカウンタ

zoom RSS 『波涛の果て 中江兆民の青春』鮎川 俊介

<<   作成日時 : 2005/07/17 12:39   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 ペリー来航から10年、17歳の中江兆民は幕末の状況をどう視たのか。19歳で長崎留学に赴くまでの2年間を描いた中江兆民の青春小説。

 ペリー来航以来、内政の矛盾をはらんだ日本。激動続きの日本の中の土佐にも、大きな変化が押し寄せる。
 土佐勤王党の武市半平太らの影響もあり、尊皇攘夷の方針を採った土佐。しかし、それもつかの間、公武合体論に転換し、土佐勤王党は弾圧される。

 「世の中の動きをただ見ているだけに過ぎぬ」中江兆民。「武市ら勤王党の行動に、共鳴を覚えたこともない」が、「仮借なき弾圧を受けていく勤王党の連中に、同情の念を覚えてきた」中江兆民。

 勤王党への弾圧を目の当たりにするなかで、「犠牲を生むことなしに、世の中が一つにまとまるということはありうるか。その難問が、ここ数ヶ月、篤助の頭を捉えて離さなくなった」
 この自問に対する答えを「公会」、今でいうところの議会制民主主義の政治、の実現だと確信する。

 世の中を変えるには、その制度を詳しく知ることが重要であり、そのためには英学が必要であると英語の勉強に没頭する。その甲斐あってか19歳の年、藩から長崎への留学が命ぜられる。
 ただし、英学留学は名目であり、内密には仏学を学ぶことが命ぜられる。のちルソーの翻訳をすることになる中江兆民の出発点になったといえるのだろうか・・・。

 「犠牲を生むことなしに、世の中が一つにまとまるということはありうるか」との問いを読んだとき、坂本龍馬を思い浮かべた。坂本龍馬は、行動をしながら考える情熱的なタイプであるが、中江兆民と同じことを考えていたのではなかろうか。
 明治維新を前に殺害された坂本龍馬と中江兆民は長崎で知り合うことになるのだが。

 歴史に「もし」はないが、もし坂本龍馬が生きていたら明治政府はどうなっていたのだろうか。興味深い「もし」である。

 本小説は、幕府側でもなく、尊皇攘夷側でもなく、また公武合体論側でもない視点で、歴史を見ようとしている。そのため幕末を描いた小説としては興味深い内容が多くある。とても楽しく読み進めることができる。
 続編が楽しみである。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『波涛の果て 中江兆民の青春』鮎川 俊介 未来 ― 私達の力で歴史を動かそう!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる